英語圏に自己中が多い理由

アメリカなどの英語圏に行くと自己中心的な人が多いと思う。
その理由の一つに言語の違い、そして教育の違いと習慣の違いというのがある。

英語ではほんとんどのケースで主語が出てくる。
I, He, Sheなどである。自分を示し、相手を指定しなければいけない言語なのだ。
また相手に伝えたいときは主語の後にYouが使われる。このことから自分を主張し相手を指定しきちんと伝えなければいけないことが分かる。

そして上下関係に関係なくYouを使う。どんなに偉い人に対してもYouだ。
文字でも主語のIは大文字で書かれ自分の主張が強いことがわかる。英語は話してが上から目線の言葉なのだ。

さらに言語とは別に学校などではディスカッションをさせられ自分の考えを言うことを積極的に教えられる。自分がどう思ったか、それが間違いであっても誰もが知っているような当たり前のことをただ言っただけであってもそれが評価される。

習慣では目を見て話すのが当たり前で堂々と話すことを求められる。自分が一番、自分が偉いかのごとく堂々としなければいけない。

一方、日本語の場合は主語をつけないことがほとんど。相手を話しているときも「私はあなたと」のように相手を指定して話すことは希である。
上下関係で言葉を変えて常に英語のように誰にも「あなたは」なんて言わない。
また日本では相手がどう思うかを考えさせられ迷惑なことを極力しないようにする。大声でしゃべったり、他より目立つようなことを避けたりするのを良しとする。

話しているときに目をじっとみつめて話すなんていうのはあまり良くないとされる。そのため視線を嫌う人が多いのも日本の特徴であり視線を嫌うから英語圏の人よりちょっとビクビクしているようにも見え自己主張をますますしない性格になっていく。

このように英語圏と日本では言葉からくる思考方法と教育により自己中心的が良いという環境と周りに合わせる環境が良いという全く違う世界が出来上がっている。

英語圏で常に主張を求められればどんどん自己中心的になっていくだろうし、周りに合わせることをし続けることでどんどん主張しない人になるのだと思う。

どちらがいいかというと英語に偏りすぎると主張が激しく日本語に偏りすぎると主張がほとんど無くなると思うのでバランスが重要なんじゃないかと思う。そして日本よりの思考をしつつ英語の自己主張する考えを取り入れればいいと思う。日本よりと言ったのは日本の様々なサービスや日本が綺麗なのも日本的な考えがあるかれであり、英語的な考えに染まるのではなく良い所は残して英語の良いところは取り入れるというスタイルがいいのではと思うのだ。日本語は非常に優しい言葉だと思うし、暴力的ではない言葉だと思う。英語ではどうしても対立して物を考えさせることになるのも日本語では対立を極力なくして会話をしようとする。

なぜ世界で日本を好きな人が多いのかというと日本の優しいセンスや美しさや考えがあるからであり日本語が無ければこのようなセンスを生み出すことは難しいかもしれないのだ。アメリカでは銃による無差別殺人が毎年起こり、暴動が頻繁にあり自分中心でしか考えない人が毎年多くなっているんじゃないかと思う。これは貧困格差が拡大していることも含まれるがもっと人のことを考えた行動ができるようにしないとアメリカのように暴動が怒り無差別殺人が毎年起こる社会になるんじゃなかと思う。毎日のようにどこかでストライキが起こり、給料が少ないからストライキして給料が上がってもまだ足りないとストライキ。ホームレスでさえお金をくれるものだと思ってガツガツとお金をめぐんでもらおうと接してくる。レストランでもチップをもらうのが当たり前と思っている従業員。サービスが悪すぎてチップを渡さなかったらチップをくれ!っと追いかけてくることさえある。どれだけアメリカが自己主張の強い人が多いのか分かるだろうか?

日本では無差別殺人が徐々に目立つようになっているように思うのだが、それでも犯罪者は社会的弱者なんだと思うし、相当なストレスがあったり精神的におかしくなってしまっている人が事件を起こしてしまうんだと思う。一方アメリカではそこまでストレスを感じていなくても自分中心過ぎる考えが行き過ぎて無差別殺人ということになっているんじゃないかと思う。アメリカはお金ばかり稼ぐことを優先してモラルが壊れているんだと思う。だから近藤麻理恵のコンマリメソッドがセラピーとしても流行ったりしているんじゃないだろうか。

言語は人の心と思考を変えるので、アメリカと日本ではペットの環境も違う。アメリカの主張の強さはペットを人の言うことに従わせることを強制する社会だと思う。これは暴力的ではないけれど従わないペットの場合は殺されることさえあるのだ。従わず他人に攻撃してしまった、言うことを聞かず泣き止まないことは家庭のせいにさせられ法律にもふれるため、家庭は必死にペットが従うように調教する。一方日本では温泉サルがいても無理に排除せず野性に任せているようにペットも調教を強制させるという人は少ないのではないかと思う。アメリカはペット先進国というがどっちがいいのかはっきりいってわからない。

英語と比べて日本語はかっこよくないとか、上下関係があってめんどくさいとか日本語より英語をしゃべる人を増やそうと考えることは間違っていると思う。日本語は協調性がある言語だし人に優しい言語であり、日本の文化をそのもので日本人が日本人として世界ガ美しいと思うセンスや綺麗と思う美的感覚を身につけることのできる言語である。

スポンサーリンク
レスポンシブ 広告
レスポンシブ 広告
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。