アメリカのアートから見えるアメリカの貧困の形

アートは社会を表わしている。なぜならアートには美意識、文化、主張が含まれているからだ。貧困の人が多い地域で出来るアートと別の知識で出来るアートには違いがある。アートには作者の感情なども反映されることがあるためアーティストの心に極度の貧困から来る闇を抱えている場合は出来上がるアートにも暗い色を使われたり暴力的なものになったりする。

一例としてアメリカでは日本でほとんどみない壁のアートがある。ラキガキっぽく見えるものも人によっては壁アートと感じはっきり区別することは難しい。アメリカにはいたるところの壁に大きなものから小さいラキガキとアートが氾濫している。

僕はらきがきの多さは教育、コミュニティーに大きく問題を抱えている人がいるから起こっているんじゃないかと思う。日本ではらきがきをする人がほとんどいないのは貧困な人であってもマナーについて学んでいるからなんだと思うし、義務教育からしっかり学べている結果なんだと思う。アメリカでは教育レベルは日本のように統一されていないのでみんなが十分な教育を受けれていないと思う。それ結果がらきがきというアート活動にあらわれていると思えてくる。

らきがきではない壁アートもサンフランシスコにはたくさんある。

らきがきでないアートはたくさんあるから、ラキガキが存在しても違和感を感じづらい環境があるのだと思う。そして文字がメインのアートとキャラクターがメインの作品があるが文字がメインのものからは僕はアメリカには教育水準が低い人がたくさんいるんだと思えてくる。なぜなら文字だけのものはキャラクターのものより簡単にできるため作品の尊厳、価値という点では時間をかけたアートより劣り、それを見た人は無意識にでも感じ取り、この地域はらきがきみたいな価値の薄いものでも描いていいんだ!って思わせてくるからだ。そういう人が集まりやすいと思うしそういう人が多くいるのだと思う。これらの作品からはアーてょストのガサツさを感じさせ、落ち着きのなさ、怒りっぽささえ感じさせる。だからこそこ僕は少し怖いのだけど、先生に伝えても分かってくれない 笑
分かってくれないのはそれがアメリカでありアメリカはいろんな人を受け入れてきたわけで、落ち着きのない人、がさつな人なんてたくさんいるし、怒りやすいトランプが大統領になるぐらいだからこんなことで怖いなんて言っていたら話しにならないのだと思う。でも僕は細かいことを気にして改善しないと良くなっていかないんじゃないかと思うのだ。

サンフランシスコで有名な壁アートと言えばロボットのアートがある。サンフランシスコの住宅価格の上昇を問題視している作品である。

色使いも絵も暴力的でなく作品としては良いものだと思うのだけど、この作品ははっきりとアメリカの人々の経済格差と貧困問題を物語っている。
アメリカには日本と比べて教育も足りない人がいるしまともに生きられない人が日本より多いのだと思えてくる。セーフティーネットが日本と比べて中途半端であり、病院にはものすごいお金がかかり保険代は高く学費も高くさらに就職だって簡単じゃないのでお金がかかりすぎない社会にしないと貧困層はどんどん貧困になり生きる気力を失い犯罪も増えると思う。お金を稼げる人はどんどん稼げ稼げない人はどんどん貧乏になるという自由に競争させ必要ないものはコストカットするという企業倫理のあらわれなんだと思う。

アメリカではタトゥーをしている人がものすごく多い。タトゥーをアートと考えるのは僕も賛成なのだがアメリカのタトゥーは多くの人がテキトウに入れていると思う。漢字の意味がわかっていなかったり、怖い感じの絵を入れたり。ものすごく氾濫している刹那的に入れたタトゥーアートを見て、腕や足に入れた怖い絵のタトゥーを入れて将来が不安にならないと思えることに貧困が多いんだと感じるのだ。想像してもらえば分かるが腕にらきがきのようなタトゥーや怖い絵なんて入れていたらずっと見えるわけで、見た本人は毎日感情をタトゥーアートから影響を受ける。怒っているときに怖いアートを見るなら共感する気持ちが生まれるかもしれない、でも悲しいときに怖いアートは本人が苦しくなることもあるのではないかと思うのだ。

一例としては自殺したゾンビボーイだ。

アメリカでなくカナダのアーティストだけど、この顔をいつも鏡で見ることで自分を見失ったり心に悩みを抱えてしまうんじゃないかと思う。服と同じで服を着ればその服の気持ちになり、服を脱げばその気持ちから解放される。ずっと脱ぐことができない服を着ていればいつか気持ちの歯車が狂ったときに自分の精神に影響を与えないとは言えないと思う。

アメリカの最近の若い人の自殺の多さはSNSの問題もあるけどこの考えないでやって後悔しちゃっていることがたくさんあるんじゃないかなって思ったりもする。

そしてアメリカの現代アートには差別意識に対抗するものや過去の悪い歴史に対抗するものが日本より多くある。これはアメリカには根本的に差別が深く残っていることを意味していると思うし多様性を受け入れるといいながらあまりにも教育格差があるためみんなが必ず多様性を受け入れるわけではないのだ。学校でも差別問題をトピックとして取り扱うことが日本より多いと思うのもそれだけ差別があるということである。

現代のアートと言えば映画のポスターもアートである。アメリカで人気のある作品と言えばアヴェンジャーズだ。

僕はこのポスターからはアメリカそのものを見せていると思えてくる。そこには貧困をきちんとみないという問題が隠れていると思う。ポスターにはヒーローが勝利を掴むかのように斜め上に目が向いている。またド真中ヒーローを置くことでヒーローの強さを視聴者に見せている。アメリカは強いんだ!アメリカはヒーローだ!いつも立ち向かう、弱音を言わない!アメリカがナンバーワンなんだ!というメッセージだ。アメリカをナンバーワンと言っている人はドナルドトランプである。トランプ大統領になった意味はそれだけ強さを求めていてみんなヒーローになりたいという感情が強いんだと思う。貧困層はなかなか光があたらなかったけどトランプが貧困層に勇気を与えみんなトランプを支持しアヴェンジャーズのポスターのように将来への希望、勝利を意識しているんだと思う。ここには勝利できる、強くなれるという強いメッセージはあるけど強くなれない人、大きく家庭環境に問題を抱えている人が置いてけぼりにされているんじゃないかと思う。アメリカの銃犯罪の多さ、レイプの多さ、殺人の多さ、事件の多さはアヴェンジャーズみたいに正義感を持てる人ばかりじゃないということをはっきり言っているのと同じだと思うのに、おかしなことに犯罪者もアヴェンジャーズみないな正義感ではないけど独特の理論をもって行動しているということ。自分が正しい!やるしかない!極度の貧困なら犯罪しかないと思うのはわかるけど、自己中な人が多すぎないか?と思うのだ。ポスターからは自分しか考えていない自己中心的な心理も伝わってくると思う。そしてアメリカ人は戦うことが好きでドンパチを好むんだなぁと感じさせてくる。

2001年9月11日アメリカでは同時多発テロがありそのときの大統領ブッシュ達はブチ切れて言った言葉は「敵なのか見方なのか旗を見せろ。」
事件は大問題なのだが自分中心で物事を考えすぎなんじゃないかと思えてくる。またこの事件の真相がはっかりせずアメリカの自作自演じゃないのか?とか言われることや、ハイジャック犯にアルカイダ系の人がいなかったと言われていたりいたり、敵がはっきりわからないのに勝手に敵を決めて戦争をはじめちゃったアメリカを見て自分のことしか考えていないのかなって思えてくる。まるでアヴェンジャーズのポスターみたいだ。

アートは意味があるし国の問題なども見せてくると思っている。アートなんて関係ない、必要ないなんていう人がいるけどなんでもないアートに見えてバカにできないと思えるのだ。そしてアメリカのアートには暴力的なものも多いし、刹那的なアートもあったり、社会や人々の思想が反映されていると思う。その思想のひずみを埋めるかのようにあらわれたのがお掃除メソッドのコンマリの美的感覚とアメリカにはない異文化的な考えなんじゃないかと思う。

ちなみに僕はアメリカのテキトウさは好きだし気さくな人も多く、コミュニケーションが日本よりシンプルなのでストレスが少ないと感じる。いいことはあるけど悪いこともたくさんあると思えるのだ。

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