アートとビジネスの関連性について考えたこと

アートとビジネスってどう関連しているのかイマイチわからないって人も多いと思う。なのでアートのビジネスについて考えてみることにした。僕の個人的な考えなので人によっては違う考えがあるかもしれない。

まずアートが歴史でどう使われてきたかを考えてみる。
一つが宗教上の理由で使われてきたというのは誰しもが知っていることだと思う。悪く言えば人をコントロールするために使われてきたわけだ。絵画だけでなく教会だってゴージャズな見た目にしていってその美的センスからは畏敬の念やあまりにもすごくて恐怖心さえ感じさせることもある。それが宗教上の狙いでもあったんじゃないかとは思う。つまりアートは感情にどう影響させたいかを考えて作られていた部分があったということだ。
そして多くのアートはサイエンスが含まれている。古代ギリシャでの彫刻はサイエンスに基づいて計算された筋肉なわけで、その美しい筋肉の彫刻からは人の理想の男性像というのを頭の中に作り上げていったと思う。アートには教育的要素があり人に新しい美的感覚や新しい正しさを学ばせる力があるわけだ。
このことから分かることは数字だけで動く人っていうのは少ないんだっていうこと。多くの人は古代からアートが人を変えてきたということだ。
現代でも例えばアニメは海外の美的感覚に影響を与えて海外にたくさんのアニメファンを作っている。アニメが教育的要素を持っていて見た人にアニメとしてどんな美的感覚が良くて正しいことなのかを学ばせているんだと思う。

次にアートはプロパガンダでも使われていたということ。
アートは人の感情に影響を与え、教育的要素があるため国が人をコントロールするためのプロパガンダで使われていた。この説明はものすごく長くなるので簡単にいうと中国とソ連で主に使われていたと思う。中国は今ではアートを共産党のプロパガンダとして使っていると思う。

さてアートとビジネスにはどんな関連性があるんだろうと考える上で、僕が思うアートの役割をいくつか考えてみる。

1つが新しい発見をくれてそれが新しいアイデアになると思っていること。

2つ目が感情を豊かにさせるということ。

3つ目は言葉よりビジュアルのほうが力があること。

1つ目の新しい発見をくれるというのは色んな人がアートについて語るときに言っていることと似ていてアートを通して自分と対峙するきっかけにしてアートという正解のない問題について考えて何か気づきを得るプロセスが重要ということ。この考えるっていうことはアートじゃなくてもできるんだけどアートのほうが誰でも考えることができて、そういった思考回路ができるようになれるんだと思う。
ただ上司の言われていることだけをして頭に新しいことを考えることを一切しない人っていると思うけど、それは昔は良かったかもしれないが今の不安定すぎる世の中には自分で考えることも重要だと思う。だからことそアートって重要だなって思う。
なんでアメリカって色んなサービスが生まれるんだろうって考えていると日本よりアートを重要視している人が多いからなんじゃないかなって思う。アートってテクノロジーとものすごく密接でアメリカで生まれたUberもアプリの使いやすいデザインがないと流行らなかったかもしれないし、iPhoneだって使いやすい見た目のいいデザインじゃないと今のようには流行らなかったかもしれない。テクノロジーの進化とともに人に受け入れられるデザインを考え出され続けている。プロダクトデザインだけじゃなくて建築だってゲームだってなんでもアートセンスがあり時代にあった人に受け入れられるデザインはアートセンスがないと出来づらいんじゃないかなって思う。ビジネスとしてはデザインが重要だろうからアートとビジネスは密接していると言える。

2つ目の感情を豊かにさせるは、豊かな人生は豊かな感情が必ずつき物だと思うので人として良い人生を送ろうと考えるならアートを学ばない理由はない。最近、変な犯罪が多いと思う。もちろんインターネットによって悪い影響が広がっているっていうのはあると思うけど、人の感情を考えない殺人事件、人だけじゃなくて動物のことも考えない動物いじめ、殺し。もし感情豊かで動物のことも考えられたり相手のことも考えられたらそんな事件って減るんじゃないかなって思う。アートだけじゃなくて動物と触れることだって重要だろうし動物が苦手な人はアートを通して考えればいいとも思う。
世の中、特に日本では閉鎖的な考え方の人ってたくさんいると思う。それって日本人は深い感情に触れないように生きている人が多いんじゃないのかなって思うんだけど、例えば好きでもない仕事を続けていて、本人の感情奥深くに触れると仕事をやめる!って話になりかねないから深く考えないとか、政治にそこまで感情を持ち込まず淡々と今まで通りの政党がやってくれればいいやって思っているのも、感情をしっかり考えてしまうと今の政治じゃダメって話になりそうだから考えるのやめとこうとか、そう思っている人って意外と多いんじゃないかと思う。本心に向き合えないって感情豊かじゃないし本心に向き合えないなんて健全ではないと思う。
閉鎖的な考えがあるといざ移民が来たときに理解できない人がたくさん出てきたり、差別があるのに差別に気づかないっていうことが生まれちゃうんじゃないかなって思う。ビジネスにおいて差別が含まれると大きな問題になるのに日本のCMとか時々差別が含まれているって指摘されて削除されることってあると思う。ものすごくビジネスに影響与えちゃう。異文化の感情に鈍感だったら国際社会として大きな壁にぶつかる可能性もある。黒人などの差別迫害されてきた人たちが作る現代アートも世の中にはあるのでそういったものにも興味を持つほうがいいと思う。特に日本ではLGBTに全く興味を持っていない人が多いと思うんだけど、LGBTの人たちって僕は認めたくないけどやっぱりセンスがぶっ飛んでいる人もいて他と違うなって思う。イノベーションみたいな感じ。僕が認めたくないというのはゲイやレズじゃなくてもアートセンスが高い人はいるからLGBTがすごいって言われるのはちょっと悔しいから 笑
彼らは明らかに感情が違うから色使いや話し方が面白かったりする。髪の色も服装もジェチャーも全部。感情を豊かになるというのはLGBTになることじゃなくてLGBTのことも理解できる人になるということ。
これからの社会はLGBTのことも考えないといけないからこそ感情豊かになることはビジネスで重要だと思う。日本って感情豊かになりやすい土台があるはずなのに閉鎖的にしている人が多いのがもったいないと思う。どうして感情豊かになりやすい土台があるかというと、日本は他国に比べて色んな文化を吸収、受け入れる人が多いこと。クリスマス、お正月など。文化を受け入れるけど薄っぺらいという一面もあるけど。あとアニメだっていろんな色が使われるわけで海外の人からするとカラフルな世界なわけだ。カラフルってゲイのアイコンの虹を思い出すけどそれだけ日本は色んな色だって男女関係なく受け入れやすい土台があるということだと思う。感情をブレーキかけるのは日本の文化の一つだと思うけどそれが行き過ぎると気持ちを正直にいえないとか、現代病の対人恐怖症とかなる人は日本で多いと思う。感情をもっと素直に言える環境を作るのもアートの役割ってあると思う。だからビジネスパーソンとかいう前に人として美的感覚を鍛えて自分の気持ちに敏感にならないとゾンビみたいな死んだ魚の目の人が多くなっちゃうんじゃないかなって思う。気づいたらうつ病、気づいたら死にたくなっていたなんていうのは避けたい。アートってまるでセラピーみたいな要素がある。みんな体を鍛えたり健康には意識するのに心のところをあまり気にしていない人が多いんじゃないかなって思う。アートセラピーとは学んだことないけど自分と向き合って考えるっていうことはセラピーにも繋がるんだと思う。

アートはアイコンや象徴もアートなんだけど卑猥なことを言えばセーラー服は残念ながらエロなアイコンになっていたり、もしくは日本の文化を表わすものになっていたりする。でもどこかエロくても面白い、好きと思ってくれる人がいるって重要だと思うし、セーラー服に興味を持つ人が世の中に多いのもアニメとエロのおかげだと思う。エロとアートも密接だから人が生きる上でエロは必要だからアートはなくならないし、みんなが必要とするものだからビジネスで取り入れられないわけはないと思う。フェミニストがセーラー服をエロのアイコンにするのはおかしいとか言いそうだし、カワイイなんて思われたくない!って言いそうだけど、良いか悪いかを置いといて、カワイイとかいうせっかく今まで社会が作り上げてきた美的感覚があるんだからちょっとは文化の一面として受け入れてもいいんじゃないかなって思う。この話をしたらまた長くなりそうだからとりあえずここまでにしておく。

あと使っていた気持ちがいいデザイン、心地いい製品、メロメロになる見た目のデザインなんて全部はエロにも通じるセンスがあると思う。だからエロをなんでエロいのかを考えるのもアート。日本ってエロコンテンツが豊富すぎるぐらいあるからクリエイティブな思考になりえる土台ってやっぱりあると思う。そもそもエロコンテンツって普通のサービスじゃないわけで普通の思考ではないんだから普通の人からすると創造的で革新的なものなんだと思う。

お堅いところで言えば法律とかにはアートって持ち込めなさそうに見えてそんなことなくてアートって思想が含まれていて法律にはその国の正義や思想が含まれている。アートを学ぶことは思想を学ぶことにも繋がってきてその国のアイデンティティも学ぶことになる。自分のアイデンティティってなんだろうって悩む人が多いのはアートを通して自国を見る、他国を見るというのが必要なんじゃないかなって思う。
アートって発想力、妄想力を高めることができると思うこと。すごいなって思うのが発想力がすごいBL好きの腐女子がいるわけだけど、天才か!って思うぐらいの発想力を持つ彼女らはたぶんアートセンスも高いんだと思う。そもそも腐女子って創作する人も多そうだからアーティストな人は意外といるんじゃないかなとも思うし。腐女子だけはなくて漫画家は新しい発想と魅力的な絵を描いてビジネスをするわけだ。いろんなタイプのアーティストがいるけどやっぱりアーティストって普通の人より発想が面白なって思う。

感情部分で日本のいいところもある。
アメリカを見ていて新しいサービスが生まれたときにこの感情の部分が欠けていることが多いんじゃないかなって思っている。だから新しいサービスが生まれるけど対応が悪かったり人とのトラブルが出てきたりする。効率好きなアメリカ人が多いのだろうか人からのサービスを期待できないのかもしれないけどもっと感情部分を考えて製品を作ってもらえたらいいんじゃないかなって思う。アメリカはアーティストとエンジニアが別れているケースが多いと思うから感情部分がうまく作用していないんじゃないかなって思う。エンジニアがアートを学んでいなとか興味ないとかそういうのもあると思う。この点は日本は人のサービスは進んでいると思う。アーティストがサイエンスやエンジニアに関わることを学んで目指せば面白い世界になるんじゃないかなって思う。

3つ目がビジュアルの力が強いというのは、誰でもわかると思うけど例えば動画のほうがブログより伝わる力が強いとか。ビジネスにおいて伝える力が強いほうがいいと思うからビジュアルで伝えられるアートの力は必要になってくると思う。ホームページのデザイン、コマーシャル、ポスターとか様々なものにアートは使われている。こういった広告やデザインって発想が面白かったり影響力があると思うんだけど、それってアートが世の中を面白くするっていうことが言えて面白い人生を生きようとか面白いビジネスをしようとするとアートなしではたぶん難しいじゃないかなって思う。

イノベーションって新しい技術の開発とか思われがちだと思うけどすでにある技術の組み合わせでも今までない新しい商品ができたりする。任天堂がファミコン、スーパーファミコン、ゲームボーイを開発したのも新しい技術というより今までの技術を組み合わせて作ったものだった。古いものを破壊して新しく作るだけではなくある物を分解して組み合わせるという考え方はアートには重要なことだと思う。

エンジニアがアートがわからないからアーティストと話が合わなかったりして話し合いに時間がかかるんだろうし、感覚で話す人とロジカルで話す人がかみ合わないのは当たり前。僕はアートは感覚だけじゃなくて論理も大切だと思うから感覚とロジカル両方を気にかける必要があると思う。だから今の感覚で話す人、ロジカルに話す人って別れているのはあまりよくないんじゃないかなって思う。このまま話が合わない人が増えると先にあるのは話がかみ合わない分断された社会だと思うから、アートに関係ない職種の人もアートを学んだほうがいいしアーティストも正反対の人のことを学んだほうがいいと思う。

結論としてはやっぱりアートとビジネスって密接なんだなって思った。技術開発に投資するだけじゃなくてアートにも投資する社会が来るんじゃないかなってちょっと思ったりする。日本は絵画や彫刻のアートのマーケットはおそらく小さいけど漫画やアニメ、映画、ゲームではものすごく大きいと思うし、もっと彫刻や日本絵画が人気が出てきてもいいんじゃないかなって思う。お台場にガンダムがあるのって僕らが受け入れやすいアートだし、プラモデルだってアートだし女性のメイクもアート。どうアートに投資する社会が来るかわからないけど国にとって社会にとってアートが生きる上で重要なもの必要なものとなれば、国や社会はアートをケアする責任が発生していくると思う。

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