文法は重要だが完璧に話す必要はない

完璧に英語をしゃべれないから英語でしゃべることを躊躇したり、恥ずかがったりする人は多いと思う。でも実はアメリカ人だって英語は完璧ではない。過去形、現在形が違っていたり、仮定法の使い方が違っていたり。重要なことは意思の疎通なのだ。

それに英語圏の人の多くは英語が第二言語の人への理解があるので、間違った話し方なんて僕らが思うほど気にしないし、僕らが言いたいけど、単語が足りなくうまく言えないことも理解してくれたりする。英語圏の人だって言いたい事をうまく言えなく困ることがあるから、意外と英語でしゃべることはハードル高くないのだ。

ちなみにアメリカの英語の先生だって文法や単語のつづりを間違うことがあるのだ。留学生に間違いを指摘されることもあるぐらいだから完璧な人なんていないんだ。

僕は英語教育で思うことはフィリピン人が英語をうまくしゃべれるようになるというプロセスが日本にも必要なんじゃないかと思う。

フィリピン人だって英語は第二言語。でもとてもうまくしゃべるんだ。彼ら彼女らは

小学校からすべての授業で英語が必須だったらしく、学校では英語、家ではタガログ語という使い分けをして成長したらしい。タガログ語については詳しくはわからないが、英語とは文法が違うというから、そんな彼らでも英語を話せるのは英語を使う機会が多いからだと思う。

英語を使う機会を増やさないと英語はうまくならない。

さらにこれから英語だけでなくさらに第二外国語を学ぶことも必要になるかもしれないから、英語が完璧でないから話せないなんて言ってられないのだ。

すごいのは韓国人のクラスメイトは韓国の高校卒業までに第3外国語まである程度学ぶらしい。嘘か本当かしらないはクラスメイトの韓国人の友達がいうには日本語はうまくしゃべれないけど読めるものが多いとか、フランス語と中国語を英語以外に学んだとか。全く日本と違う勉強スタイルだ。日本は英語!英語!といいながら英語へのコンプレックスが強く他国に遅れをとっているいるように見える。

完璧なんて求めず意思の疎通に重点を置いて学ぶほうがいいだろう。

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