美術が出来れば未来が見える

美術はデザインを勉強することでもある、そしてデザインとは物の形だけでなく自分の望むべき未来をつくるための

モチベーション、人間関係が必要になる。

絵を描くこと彫刻を彫ることなどがどうモチベーションと人間関係に影響するかのか?
それは絵や彫刻を完成させるということは時間をかけてもくもくと作る必要があり、プライベートな時間でさえスキルの上達のために練習しなければいけないこともある非常に鍛錬が必要なことなので、モチベーションがなければ続かないし、モチベーションを維持するためにも時間管理も重要になる。お金のかかるものであればストレスは高まり悩みはつきない、そして先の見えない挑戦であれば苦しいと思うより楽しめたほうがモチベーションは高いし成功する可能性も高い。このモチベーションを高めることを学ぶことと美術は非常に密接している。
例えば、テスト前にカツどんを食べるとは勝つとカツをあわせている言葉遊びな要素もあるが、それでモチベーションが高まるのならばテストは合格する可能性は高まる。その他にお気に入りの服を着ることでモチベーションを高めるというのもそうである。期待する未来を描いてモチベーションを保つというととは、ここで言えばカツを食べることで合格という未来をデザイン、可視化しそれをモチベーションするというこである。
美術とはモチベーションがとても重要なものでモチベーション管理をとても学べるものなのだ。完成作品を可視化しモチベーションを高めるのだ。

モチベーションといえば好きなデザイン、好きな製品というのがあると思う。かっこいい○○が欲しいから頑張るや、ナショナリズム的なことをいうと母国の国旗が好きだから、国旗からモチベーションをもらう人もいる。つまり美術、デザインというのは生きるうえでモチベーション維持し高めるためにも非常に重要なことなのだ。

現在、デザインと言うと簡単なものは多くの人ができるような時代であり発展途上国に仕事をとられる事態にもなりつつあると思う。価格競争になればなるほど、その仕事の価値は落ちていくと思うのでデザイン、美術というものの価値が薄まっていく恐れもあるだろう。

しかし誰でもできて価格競争によってでしか成立しづらいということは、その構造自体を考え直さなければいけない事態だといえる。事業プランをデザインしなおさなければいけないのだ。そもそも、デザインを軽視しているからこそデザインと言うものを安く取り扱っている可能性もある。
経済だけが重要だ、美術なんて必要ないというのは、デザインの潜在能力を分かっていない発言で、狭い視野でしか物事を見ていない。
チームの士気を高めるのにもデザインが必要だし、ブランディングのためにロゴ、アイコンを考えるというこは非常に重要だ。個人も同じで見た目や服、どういった印象で見てもらいたいか考えて行動をすると思う。デザインを軽視して軸にしない考え方は過去の企業を見ると良い考え方ではないとわかる。
成功例であればアップル、サムスン、そしてソニーなどなど。失敗例であればたくさんある中、とりあえずあげるのはセガと言っておこう。

セガはセガサターンという機器を昔発売したのだけど、売れ行きがよくなかった。その理由がいくつかあるが、一つにセガの大人気だったソニックをすぐに販売しなかったことにある。ユーザーの気持ちを明確にとらえていなかった、販売戦略を間違ったというものだけどそれは一つ一つデザインができていれば成功した可能性が十分になるものだったと思う。マー下ティングをデザインできなかったのだろう。

絵を描いたり彫刻を彫ったりしてそんな販売戦略に影響ない!と思うかもしれない。それは大きな間違いなのだ。絵や彫刻などを通して完成させることの大変さ、完成させるまでの時間管理とスキルアップの戦略、作品を見て他の人がどう思うかを想像する力などはユーザーの気持ちを考え、販売戦略を考える力にもつながるのだ。そしてデザインの力を理解し人生と企業戦略に取り入れるというもの。このようなことは数学や物理ばかりやっていては身につかない。時間管理能力や大まかな勉強プランなどはマニュアル的に考えられるだろうが、デザインを通してどう見るか見る人がどう感じるか、考えるか、そしてマニュアルだけでなく考えて行動するということは美術を勉強しないと頭の固いマニュアル人間になりがちなのだ。なぜなら絵を描くことや彫刻を彫るなどは予想外の出来事に遭遇しやすい。材料が無くなった、手があれた、道具が折れた、想像通りに出来ない、想像通りに作るために鍛錬を重ねる。予想外の出来事が起こりづらい日本社会において想定外のことが起こりやすい美術は人に決断をたくさんさせ、いい人間的な成長をさせるはずである。しかも、美術は日本語だけでは学べないことが出てくる可能性もあるので他国の言語の勉強も含めて学ぶことは多いのだ。

次に人間関係で言えばピラミッド型の人間関係のデザイン。日本の会社で多いと思われる構造でピラミッドのトップの指示によりピラミッドの下の者が指示に従い手足を動かして働くというものだ。伝達速度は遅く、新しいアイデアも生まれずらい。それとは反対に円卓型と言われるアメリカタイプの構造。上司、部下の距離が近くみんなで考えて目標を持ってプロジェクト完成させるというもの。このピラミッドと円というデザインの違いにより情報伝達速度、情報量、一つのチームとしての力は大きく違う。

成果を出す集団、個人の印象や考えている構造は綺麗にデザインされていると思う。
もちろん成果を出してもその考え方はクールでないものはあるので、それは洗礼されたデザイン構造ではないと言える。
学校でいじめや会社で陰口を叩きまくっている雰囲気がある会社やブラック企業なんかでいいアイデア、発想が生まれるとは思えない。

どうしても美術を勉強しないということは気持ちを理解しない人間になるのではないかと不安を覚える。例えば同じシャツや同じロゴの入った服を着ることで心を一つできてチームとして強くなれるかもしれない。
現代社会は各個人の創造性やセンスが問われている時代になりつつあると思うのと、アメリカ式に会社がなればなるほど各個人のセンスが問われる。アメリカのやることは悪いこともあるけど働き方の構造は良い面だと思うので将来の日本は創造力とセンスが各個人に必要になり美術がさらに必要な社会になるだろうと思う。

ちなみいにアメリカは自己中心の人が多いので個人のブランディングというのはあまり得意ではないと僕は思っている。見た目もはちゃめちゃだったり適当だったり、個人の見た目よりスキルを磨くことが多いというのもアメリカならではブランディングなのかもしれない。自己中心すぎるのは僕はいい考えとは思わないので、アメリカのこの構造は将来変わると思う。もっと日本から学びもう少し協調社会になっていくだろう。というよりなるべきだと僕は思う。

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