社会人が美術を学ぶということ

海外でも働いている人や日本で社会人をしていてやめてから留学してくる人はちらほらいる。

アメリカですでに働いている人は今まで知り合ったクラスメイトは軍人だった。軍人はアメリカの大学でも優遇されておりいろんな大学で学びやすい環境があると思う。迷彩服、迷彩柄のリュックサックで授業を受ける人などいる。

なんでアートを学んでいるかというとやっぱり好きだからである。絵を描くことや写真を撮ることなどが好きなのだ。働きながら勉強しているなんてすごい。日本ではなかなかそのような人は夜間クラスにしかいないと思う。アメリカではアメリカ国籍があればちょっとずつクラスを終わらしていくことができるので、自分のペースで卒業していくことになる。

日本から来ている元社会人たちはスキルアップのためやアートをただ学びたいからという人とそれぞれ。元社会人たちが学ぶことはともて意味があると思うが、なんせ元社会人たちで多いのは日本の労働環境が嫌い、日本で働きたくないという人が多いと思う。そのためアートを学びことを意義を見出して勉強しているかというとちょっと違う。アメリカで働きたいから来ているという感じだろう。

でもせっかくアートを学ぶのなら意義をもって学んだほうがいい。僕の思う意義ある学び方とは

・アーティストとして目を養うための勉強をする。とくにアメリカであればアメリカのアーティストとしての考え方がある。

・企業が求めるレベルまで出来る限りスキル上げる。(これはすべての学生の壁だ。
ぶらぶらゆっくり学んでいてはなかなかこのレベルにならない。)

・日本とアメリカで学ぶアートを比べて違いを知って特徴的な視野を持てるようになる。(日本嫌いだとなかなか日本のいいところが見えないので元社会人で日本嫌いだとここがなかなかできないんじゃなかいかと思う。)

・哲学的な思想を持って勉強する。(この考え方がないと薄っぺらい人になるので元社会人ならたぶん持っていたほうがいい。ただ日本嫌いで来ている場合はこの思想を持つために勉強するということは少ないかもしれない。)

アーティストとしての目を養うとは、数学、物理学、プログラミング、歴史などなんでもアートを通してみるということであり、アメリカの場合アート論文もあるのでアーティストが持つべきと思われる深い考察、リサーチする力をアメリカのやり方で学ぶということ。実はアートをアメリカに学びに来ている元社会人のケースは日本で大学を卒業しているケースもありいきなり大学院に行く人が多いと思う。大学院にいくと専門授業メインになり、そのほかのアーティストとしての教養を学ばないことがある。そのためアメリカでのアーティストとしての考え方や目を養えない場合もあると僕は思っている。アメリカのアーティストとしての考え方や目とは専門授業以外から多くを学ぶことが多いと思う。自分の専門ではないアートに関する論文、専門とは関係ないアートに関するプロジェクト、アートとしての数学、物理学などそれらはすでに大学を卒業している場合単位を移行できる場合があるので意外とアーティストとして欠ける考えかたに成りえるのではないかと思う。大学院にいけるからといって学部で学ぶべきことを学んでいないことはかなりもったいない選択なんじゃないかと思う。もちろん後から自分で勉強すれば出来るのでアーティストとして専門以外のことも含めて学んでいかないといけない。これは元社会人でなくても他の大学から単位をトランスファーしてきた場合、アーティストとして必要なことを学ぶクラスをスキップするケースがあるのでそれも同じだ。

そして特徴的な視野を持てるようになるとは、日本の文化も興味を持って勉強する必要もあるしそれらをアメリカで学ぶことと比べて自分なりの答え意見を持てるということだ。これは思想、哲学を持つということにもつながりこれらがないと話していてもアメリカ人に全く興味をもってもらえない人になったり面白くないと思われる人になりやすいと思う。つまり薄っぺらいということ。面白い視野がアートに活かされるため重要なことだと僕は思う。アメリカ人って意外と視野が狭い人が僕は多いと思っている。その理由は海外旅行する人より国内旅行する人が多いと思うことと、自己中心的な人が多くて他のことに興味を持たない人がいることと、仕事の仕方は自分の専門以外は全く興味もないし関係ないというハッキリしている人が多いと思うこと。でもこれはこれからのアメリカでは時代遅れになっていくと僕は思っている。機械的にそれぞれを細かくタスクわけるのはいい面もあるけど悪い面もある。このバランスが欠けているのが現在のアメリカだと思っている。そのため視野が意外と狭い人が多いと感じる。そんな中、視野が広く面白いと思われる考え方がある人のほうが注目を浴びやすいし、アメリカでは異なる考え方を受け入れる人が多いので興味を持たれるだろう。日本嫌いと言って日本に興味を持たないのは日本人としてもったないことだと思うのだ。特に元社会人なら働いた経験があるのだからそれらの経験を含めて視野を広げることをしたほうがいいと思うのだ。

日本人の場合アートを学んでいるからといって自分たちがアーティストという意識が薄いように思う。アーティストというと音楽に関わっていたり見た目がカッコいいとかイメージが強いんだと思うがそんなことない。アーティストとはアーティスとして感覚、科学、論理などを持っている人だと思う。色、形、感覚、センス。そしてそれらを論理的に説明できればレベルの高いしっかりわかっている人ということだ。見た目がぶっとんでないからとか、音楽やってないからとか全く関係ない。日本人の場合アーティストとしてのプライドが少ないのだと思う。 それは思想や哲学がないからだと僕は思っている。どんな思想かというとアートが社会にどう役立つのか、現代に必要なこととアートの関連性、アートの効果など。
言ってしまえば何も面白みもない同じような色と形のビル郡は意見もない思想もないただの社会の歯車のようなポジション、それは意見も思想も無いただの人だ。そんなのは面白みのない社会になってしまう。そうじゃなくてり面白みのある形、色などのほうが目にも、頭にも社会にも良い影響を与えると思うのだ。それを人で言えば独自の意見があり思想があり面白い人であるということだと思うのだ。今社会はビル郡を見ても特に日本では意見ないような顔が無いようなビルが多いのだ。

それと元社会人は卒業を働こうと考えている人が社会人をしたことない人より強いと思う。そのため卒業後は企業が求めるレベルに出来る限り近づく必要が出てくると思う。すべての学生に言えるけどこれはなかなか難しい。卒業しただけではなかなか高度なレベルを学べていないケースは多い。これは僕にも言えるのでスキルアップはしていかないといけないと思っている。まぁコネがあれば何とかなっている留学生もいるけど。。。

なにはともあれ、元社会人の人たちが学んでいることはアート関連に興味を持っていることだろうからいいことだと思う。日本の場合はアートに興味を持っていない人が多いので生きづらい社会にもなっていると思っている。ブラック企業などで働いていきづらさをよく知っている元社会人にこそアートを通して生き易い社会を模索してもらいたいとも僕は思う。

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