好きなことを仕事にしたほうがいい

好きなことを仕事にしてはいけないという人はたくさんいる。
それは好きなことを仕事にできない人が世の中にいるということだと思う。
日本の教育は好きなことを学んでいくようにはなっていない。受験勉強に好きという感情を持ってくると目標の大学に合格できないということになるんじゃないかと思う。
好きを育める環境があまりないということなのだ。
高学歴で例えば官僚になった人も好きなんていう感情より上の顔色をうかがいながら恐怖心を持って行動することのほうが出世するんじゃないかと思う。
好き嫌い、勇気なんていらないのだ。

でもその結果社会がどうなっているのかというと、感情を持っていないような判断をする人ばかりでお金のことしか考えていない社会になっていくのである。
コロナウイルスでも人の命より中国のことや経済のことを考えて自粛する決断ができなかった政府は好き嫌いや勇気を持てない環境で育ってきた結果なんだと思う。
このことから好きなことを仕事にするとは感情がありお金のために人の命を気にしないという思考停止にならない社会になると思うので良いことだと思う。

好きなんて仕事にするなと、得意なことを仕事にしろと言うけどそれで何でも同じ過ちをしてきた日本。どんな災害が起きても日本は変わらないという人が意外とたくさんいると思うのも思考停止している、感情がない勇気がない人達なのである。
勇気を持てないと正論なんて守れないし考えられない。上の言っていることが間違っていても正せない、白を黒と言えば黒になる思考しか持ち合わしていないロボットのような集団でしかないのである。そんな独裁的な世界は無能なイエスマンしかいらないのだ。

好きなことを仕事にするな、という考えを好きな人がたくさんいると思うのも良い大学と言われるところに進学する人が多ければ多いほど感情を持たないほうが良い結果になると思う人は多いと思う。効率よく勉強することだけを考えてもっと広く深く勉強することに興味が無い、出来るだけ勉強しないで結果を出せるならそっちを選ぶので正解に頼ろうとする。この傾向があるのが有名な人や権威のある人の意見をなんでも信じてしまう人が多いことや有名人なども人間なのに間違った発言しただけで罵倒する人が出てくること。頭で考えられない頭の中がほげーとしているのかお花畑の人がたくさんいるのである。
医者や公務員が将来安泰だとどうして思うのだろうか?公務員でも激務で過労死する人はいるし医者だって激務すぎて日本や海外でも自殺する人は多いと思う。
エリート官僚と言われる人たちやそれに近い人達も周りからどう思われるかを考えすぎることで自殺する人もいる。世間で安泰なんていっている仕事は意外と安泰でないのである。
そもそも世間の言うことを反対が正しいということはよく日本であることなのにそれを学ばないで世間が言うから正しいんだと思う人ばかり。
デフレになれば何か枠にはまることのほうが簡単だし信頼安心できるものが欲しいという気持ちも高まると思うので何か枠にはまろうとする人が出てくるのはわかる。でもそれでは社会にとっても本人にとってもよくない。

新卒採用のルールに沿うとみんな同じようなものになっちゃうのはしょうがないし新卒採用を利用しないのはもったいないと思うのもものすごくわかる。
それはそれでいいし、でも好きなことをして生きることを忘れないようにするべきなんじゃないかな?って思う。
今まで新自由主義と資本主義とデフレが影響してて企業が有利になるように様々なことが作られていると思う。インターネットで見つかる就職情報を新卒が殺到しているように見えるのはおそらく企業が狭い求人に人が殺到してなかなか就職できないと思わせることで企業側が安価に優秀な人材を雇えるようにしている採用される側からすれば悪意のような工作があると思う。デフレも就職したい人にとって挑戦できないわけで企業からすると安価に雇える、ブラックな環境でも人がきてくれるコストを抑えられる環境だ。いつもいつも企業優先で就職したい者はあまり優先されていないんだと思う。
だから好きなことなんてできない人は多いけど、好きなことをしていこうとしていかないといつまでたっても企業のいいようにされちゃうんじゃないかなって思う。
やりたいことがあって、やりたいことがある人はある程度挑戦してスキルも見につけているはずだろうから場所を選ばなければ意外と希望の仕事は見つかるんじゃないかなと僕は思う。
最近でもエンジニアと言えばなんでwebエンジニアというのか?、ということでいろんなこと言っている人がいたけど、まさにその通りで固定観念に縛られていると狭い範囲でしか仕事を見ていないんだと思う。大企業しか見ていない人、就職先ランキングしか見ていない人などはたくさんいるけどコロナで人気の就職先の航空会社は大きなダメージを受けているしこれからコロナかまた来るかもしれないと思うのになんで就職先ランキングが信用とか信用するんだろうか?っていつも思う。

このような周りに合わさないという考えはカウンターカルチャーの考えだけど日本はカウンターカルチャーはあまり根付いていない。根付いていないというより昔は今よりもまだカウンターカルチャーはあったんだろうなぁと思うのは歴史から思う。それは昔のほうが今より荒れていたのかな?ということだけど、例えば60~80年代は様々な事件をネットで見つけることができ、荒れすぎだなぁと思いちょっと怖くなる。でもそれはカウンターカルチャーがあったんだと思う。
社会にカウンターカルチャーがあんまり無くても個人だけでもカウンターカルチャーを持つことはできる。面白いのが好きなことをして生きていくという例でよく昔のフリーターが出てくる。就職せずバイトで生きて、後々就職できずに落ちこぼれる例で使われる。でも僕はフリーターが問題じゃなくて、フリーターしても就職できる環境があまりないこと、正規ルートをはずれると苦しくなる環境のような働きたい人達がルートなんて関係なく働ける環境がないことが問題だと思っている。ここから脱出するのは政治や企業視点でなく個人で出来ることは好きなことを忘れずし続けスキルアップをしていくことなんだと思う。そうしないと自由はない。転職もできない、転職しづらい、他者で使えないスキルだけ身につき使い物にならない人になってしまう。
それとフリーターは好きなことがない人が多いと思うしなんでフリーターが好きなことをしている人になるのか謎。自由な時間は多いかもしれないけど日本では将来がかなり不安なわけだからフリーターは参考にはならない。フリーターは仕事が多くて経済成長して将来困らないと思える環境がない限りはフリーターが良いとは思わない。
フリーターではなく好きなことで仕事をしたいなら好きなことと仕事が繋がっていることを選択してスキルアップをしていき就職するか個人事業家、起業するかの選択をすることが好きなことをして生きるということだと思う。

好きなことをしていくというのは高度なことじゃなくて普通のことだと思うのに普通のことも目指せない社会はおかしい。でも好きなことをすることは必ず嫌いなことを嫌々やるより効率もパフォーマンスもやる気も違うはずだから健全な生き方だと僕は思っている。でもアメリカを見てわかるように好きなことをして生きようとすると個人の成長が大切だから日本のように停滞しているわけにはいかない。ある意味反骨精神がないと出来ないことだけど好きなことをして生きることに拘わることで勇気がないイエスマンは少なくなり社会も成熟し自分も良くなると思う。そもそもフリーターでも生きられる社会にすればいいのにそうしていない日本はおかしいんじゃないかと思うけど。フリーターだって税金を納めているし、フリーターだから安いという考えが搾取としかいいようがない。フリーターの平均労働時間を調べてそれで十分に生きられる最低時給にすればいいのにそうしないし、まるで身分で分けているように聞えて差別が根元にあるのか?と思ったりする。

とりあえず好きなことを目指すというのは色んなことを含めていいことなんだと思う。

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