女性に憎悪を持って攻撃する男性について思ったこと

男性が女性を殺そうと思って殺傷未遂になった小田急線での出来事について思ったことがあった。ふと、日本の男性が女性に憎悪を持たせてしまう構造があるんじゃないかと思った。

例えば、日本は男性性が他の国に比べて低い、もしくは男性性をダウンサイジングしてきたんじゃないかと思う。
日本の男性は西洋によくいる筋肉ムキムキの毛むくじゃらの男性ではなく、つるつるのあまり筋肉が付いていたない、オシャレができる体型のような体型で、どちらかというとフェミニンさを魅力としている。筋肉ムキムキだと気持ち悪がられたり、髭がぼうぼうだと人間を否定されたりして無意識にも男性性を否定しながら生きなければいけない環境があるんじゃないかと思う。

昔から日本は女性は実は強い国だったんじゃないかと思ったりすることがある。神話やおとぎ話ではかぐや姫という男性にモテモテになる物語や鶴の恩返しでは男性に女性が扉を開けないように指示をして女性の助けにより男性はお金を手に入れるけど、男性は約束をやぶってしまう。男性は悪く書かれることがしばしばある。女性の導きによってお金が入ったり幸せを手に入れる。そもそも八百万の最高位が天照大御神で女性というのは世界でも珍しい。女性が強いんじゃないかと思えてくるのは日本の特徴だ。20世紀になってディズニーが美女と野獣の役割を逆にして美女が野獣を導いていくフェミニズムによった作品をつくっていくなか日本はフェミニズムでないにしても女性が男性を導く話は昔からあるのである。
そして基本的におとぎ話や神話は社会を反映していると考えることは間違っていない。

戦争という男性主導の戦いでも女性は守られてきたわけだし、もちろん例外として戦った女性もいる。
戦後に行われた男性が外で女性が家を守る家族構成が現代では通用しなくなってきたといっても、やっぱり女性は専業主婦になる道が男性よりもあり家族のお金の管理を女性がするなんてことは今でも行われていると思う。女性の強さと男性よりも守られていることを象徴しているようにも見える。
バブル崩壊後はエヴェンゲリオンという父親を嫌っているヒーローになりたくない主人公が出てきて男性性が否定されている。
これはエヴァンゲリオンの前のアキラからも男性性は失われていた。アキラでは政府会議にいる男性は信用できないような男性でありお金のことしか考えていない。2人の主人公は父親不在であり、原発のような爆発は男性主導の戦争や西洋社会さえ否定しているようにも見える。

男性としての幸せは強くたくましくなり稼ぐことより、自分の楽しみを優先することや承認欲求からの注目されたりオシャレを楽しみたいという男性も多くいると思う。
男性性が透明になっていく社会が日本なのではないだろうか。

異世界転生アニメも男性性よりもチート級の能力を手に入れる。男性性には世の中を生きていくチート能力はないのである。
もののけ姫でも男性であるアシタカは筋肉ムキムキではなく中世的な男性でありかつ強いのである。そもそもジブリは女性が強く描かれている作品が多いので男性性は低いと言える。

アニメだけでなく実際の社会でも男性は男性としての拠り所がなくなりつつあるのに、それとは反対に男性は女性よりも厳しく労働をさせられ、表向きは男らしくなれと言われても男らしいというお手本の男性を見てもオシャレかどうか怪しいお金をかけて用意した服を着て、体育会系という怪しい男らしさが社会に残り男らしいことへの疑問を無意識にでも抱きかねないのが現代社会なんじゃないかと思う。それっとどこが男らしいの?と変な人なんじゃ?自分をいじめているだけじゃ?とかとか。我慢することが美徳といったり、男性の自慢を女々しいといったり男のクセにぐちぐち言うなといったり、男性性が抑えられていく社会とは逆に男性らしさも求めてく複雑さがある。しかも男性がピンク色の服を着用すればオシャレと言われるのは男性性が薄いと言ってもいいかもしれない。もちろんオシャレというのはおかしくはないけど、ピンクが嫌いな男性や女性はいるのになんで男性ならピンクがオシャレと考えるのか不思議でならない。
TPOがあると言われても誰が決めたかわからない男らしさは日本から離れると男らしくないのである。TPOさえも男性性を抑制していくのだ。

社会は不景気が続き男性の幸せだったはずの仕事で成長しお金を稼ぐことができなくなっていく社会をあざ笑うかのようにインスタグラムが生まれ女性の自慢が蔓延していく。幸せはまきちらすことは他の人にとって幸せのことなのだろうか?
西洋の考えであれば幸せを表現することは他の人も幸せになることだろうからそれは正しい、いや、現代の西洋社会ではとつけ加えておこう。宗教を信仰しなくなった人が多くなった現代では自分の思うように行動する人が多くなったと言えると思う。なぜならキリスト教を厳格にしていた昔のキリスト教徒は笑うことさえいけなかったという。幸せを撒き散らす現代社会には見えない不幸な人に傷を負わしてしまっているのではないだろうか?

日本は平等を大切にしてきた国のはずである。小学生の給食は給食費が払えない家庭でも子供が除け者になって悲しまないように食事をとることが出来る国である。しかし平等に男性性や女性性を見ているかというとかなり怪しい。
日本は面子をたてる国でもあるので男性の顔をたてつつも女性が実は強いということがあるのである。それなのに女性はジェンダー平等といいながら男性を攻撃したり女性の権利の主張だけは大きな声でしていくのは日本の男性と女性のあり方をみようとしていないのではないのかと思う。もちろん世代によって男性の考える男性性は変わってくると思うが若くなればなるほど男性性は薄れていくのではないだろうか。むしろ日本は表では男性をたてつつも女性が強い独特のフェミニズム国家になってたりしてたら面白い。そんなことはありえないだろう、となかなか言えないのも日本の歴史や現状を見ているとあんがいフェミニズム国家なのでは?と思えるのだ。
フェミニズムという言葉は好きじゃないけど自然を無意識にでも信仰している日本は女性国家と言えなくはない、なぜなら太鼓から多くの国でも自然が女性の象徴でもあるし、自然信仰は古代ギリシャでも多神教になったりするので現代の日本は太鼓に信じられていた信仰が現存している国と言えるだろう。女性が強いのである。
女性が強くても女性に敵意を持つ男性はいないのは男性が女性(自然)をリスペクトして女性も男性をリスペクトするからだけど、現在はあまりにも男性がみじめに感じることが多いんじゃないかと思う。女性は自慢して、さらに男性をむげに扱い、さらに競争社会によって男女共に良い人を見つけたいと競争するけど求める基準は高くなって無理ゲーなんじゃないかと思わせる。なのに女性に対してはものすごく高い基準がない。異論はあるにしても経済や身長をあまり求められないことはかなり基準が低いんじゃないかと思う。ぺちゃぱいだろうがでかちちだろうがきゃしゃだろうがぽちゃだろうが需要が多いのが女性なのである。ブスだろうが男性のブスで経済もダメな人よりマシだろう。男性が女性を選ぶのが当たり前でなくなった時代で男性と女性ではどちらが生きやすいのだろうか?女性のほうが幸福度が高いことレポートもあることから女性のほうが生きやすいのではないかと思えてくる。日本での男性が求める美しさはなぜか男性らしさから離れた女性っぽさを含む美しさであることもやはり日本は男性性が低い社会と言えると思う。草食系なんていう言葉が出てきて男性らしさから離れていくのはある意味いいことでもあるけど、今度は男性性を抑圧してしまっては意味が無い。さらに、まゆげを細く整えようとする男性は世界でもめずらしいのに日本男性は美容室でも男性の先輩や友達からもまゆげを整えていない男性を軽蔑や人格否定するような人もいる。女性よりでない男性的な美しさや力強さを認められない社会は男性が苦しくなっていくのではないだろうか。なぜならそれは男性として自然のことではないからである。女性でさえワキゲなんて気にしないとかいう人も出てきて、むしろ世界に目を向けるとワキゲを剃らない女性なんて多くいるわけで、それを女性性の消失と考えず人間らしい女性らしいと考える。なのに男性の場合はヒゲも眉毛もさらに体毛の濃い人なんかもあまり好ましく思われないなんてかわいそうでしかない。

男性社会と言われる一つの理由は言葉通り女性が少ないことだけど、それはおそらく戦前からあった軍事中心の形式主義を引き継ぐものがあるんじゃないかと思う。形式主義とは役所の仕事のように決まったことしかしないことで、言われていないことをすることで批判されたり言われたことをしっかりすることだけが大切な仕組みだ。軍は言われたことをきちんとしないといけないのは当然だし、出来なければ暴力が行われ我慢が男性には大切になってくる。現代でも形式主義はいたるところにあり、例えば大学受験は質問されたこをきちんと答えることが試される試験だし、その一番上に位置する東大からは政治家やらエリートと言われるポジションに採用されていく。しかし言われたことをしっかりすることは出来るけど考えて行動できる人が少ないことがあだになって失敗するのは戦争でもそうだし、現代の政治もそうだろう。失われた10年が失われた30年になろうとするのは形式主義の失敗である考えない人を生産しアップデートできないことが原因なようにも思う。男性社会とは応用がききづらいのである。なのでアップデートされていかない社会と男性性を抑制していくいびつな周りの要求に翻弄されているのが男性なのではないかと思う。

なんとも残酷な社会が見えてくる。ただ逆に西洋男性のように男性性に縛られて筋肉ムキムキで自分がかっこいいモテてる人だと勘違いするのはよくないし、西洋男性は男性性に縛られて意外と苦しんでいる人もいると思う。やっぱりバランスが大切なのだ。
女性の解放と自由を含むのはフェミニズムでもあるけど、日本の男女を見るといがいと女性のほうが男性より自由なことは多い気もする。なのでジェンダーレポートで日本のランクが低いと言ってもしっくりこないのである。

このように考えている日本の男性は女性に憎悪を持ってしまう環境があるんじゃないかと思えてきたりする。男性性を抑えていく社会なのに女性は大声で自慢して男性は我慢となると女性に対して「ずるい」とか思われてもしょうがない。そのくせ男性は昔ながらの男らしさの精神や男性としてのプライドだってもっているから気持ちと実際行動に矛盾が生じてくる。昔と違い誰も男性のプライドやら耐えている気持ちを配慮する人は少ないわけだから今まで通りの男であることがますます辛くなるわけである。

自分の幸せを表で言うことはいいことだけどSNSは声が大きすぎるため届く必要がない人まで届いてしまう。届く必要がない人とは届いてしまうと傷ついたり憎悪を高めてしまうような人のことだ。

一部の男性だけのことだとしても傷つく男性がいるのは事実なので、それを知ったこっちゃないと自分が楽しみたいだけだから別に気にしなくていいという西洋のような利己的な考えになるのか、日本の昔からある臭いものに蓋のように見なかったことにする問題の先延ばしにするのか、考えをアップデートして問題を意識を持って生きるのでは大きく違う。現代の世界の共通の問題の一つは「分断」なため世界と同じようなことをしていたら分断は避けられないと思う。
日本は西洋社会と違い男性性を抑える方向に向かっていったと考えるとジェンダー平等のアプローチや様々なことの視点が変わるんじゃないかと思う。

西洋はオス化していく女性で日本はメス化していく男性。西洋の女性の女性性が薄れ男性化していくことも女性の透明化と言えるかもしれない。透明というのは美しさや平和などを連想することができるが狂気も含んでいる。透明は問題を先送りにしたり問題を見ても見ないふりをすることもあるため、問題が大きくなってある日爆発してしまうことがあるかもしれない。我慢することで悩みが解決することはなく悩みやストレスは大きくなるだけなのだ。強くならなければいけない女性では無理に強くなろうとする競争の疲れや苦しさから逃れられないし、女性化していく男性でも男性性を押し殺していくことはいつか苦しくなるんじゃないかとも思う。昔の人は今の女性化していく男性よりガサツで悪い人も多かったというが、今は大人しくてもときどき狂気的な犯罪が起こる。透明性は狂気を含んでいるのである。アキラで最後に「でも、いつかは私たちにも」「もう始まっているからね」というように誰も触れなくなった無意識に隠れた狂気のテツオがいつか表れるかもしれないのである。

目立つ犯罪は男性が多いけど、多くが憎悪を持っているし社会もしくは本人を苦しめたものに対する殺意がある。その対象が女性、学校、社会、会社など様々あるだろうけどSNSは間違いなく届けてはいけない人にまで情報を届けてしまうのである。届けてはいけない人なんていないというのは違う、フランスがイスラム教を批判して風刺をネットで公開してイスラム教徒に憎悪を与えたことがあったけど、ネットがなければこんな憎悪はなかなか起こらない。でもネットはなくならないけどなんでも自分が正しいと思うことを言うことが正しいことではないとも思えてくる。言わないことを狂気や危険や大人ではないと考えるのは西洋らしいけど、言わない優しさがあることも忘れてはいけないんじゃないかと思う。なぜなら分かり合えない人は必ずいるし分かり合えない人に何か言えば対立しか生まないからである。人間は分かり合えるというのは正しいけど、それは歴史を見れば理想でしかない。分かり合えるなら戦争もないし対立が少ないはずなのに戦争はなくならず、さらに各国国内で対立やら無差別殺人が起こっていく。日本は他国よりも基本の教育をしっかり受けている社会なので土台として同じような考えを共有できる人は多いと思うし、それが空気を読むにつながり、東日本大震災でもまとまりのある日本の人々の姿があった。しかし現代はそれが通用しなくなりつつある。つまり分断社会に世界は向き合っているのだ。分かり合えないなら前向きの妥協が必要なのである。それは本人だけがやろうとしても難しい、社会も政治も様々なものが妥協していかないと形式主義のように決められたことだけを行うだけでは妥協も生まれづらく、分断社会では苦しくなるだけではないだろうか?今までの男らしさや女性らしさの前向きの妥協が分断社会に必要になってくるかもしれない。

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