日本という国は芸術に対する理解が極めて乏しいけど日本は芸術に溢れている

リクシル潮田会長という人がいう「日本という国は芸術に対する理解が極めて乏しい」ということは、僕も賛同である。
しかし、乏しいけど芸術は溢れまくっているのが日本だとも思っている。
世界でトップクラスに芸術が溢れているのではないかとさえ思う。

古くからの日本の芸術と言えば茶道、能。それらは言葉をそれほど必要としてない。日本語というのも英語に比べて直接的な説明は必要としない言語だ。これは日本のセンスでありそのセンスが芸術センスにもあらわれいるのだ。これらをローコンテクストカルチャーという。

日本のアニメやゲームが世界でも人気でありアニメもゲームもアートと言っても問題ない。
線画とカラフルな色で仕上げられるアニメは現代の日本アートだ。ゲームの登場人物にも日本独特の見た目がちりばめられている。ファンタジーゲームは海外の神話などが使われてはいるもののストーリーや細かな見た目には日本のセンスが含まれている。

日本にはお城がある。今のような画一的な家とは違い柱や壁や床などは自然な木が使われていてちょっと、ぐにゃっと曲がっているのも味があるデザインだ。桜の花びらが散る姿に意味をもたせるのも日本ならでは美的感覚。これらの美的感覚があらゆるところで溢れているのが日本なのだ。電車、食事、仕事、家庭などすべてだ。

そのような歴史と文化がある日本は好きなのだけど、たしかに芸術への理解が乏しい。
日本の大学ではゲームやアニメというのは学問として一部認めた学校があったのかわすれたがほとんどが認めていない。アニメやゲームで卒業できる学校のほとんどは専門学校になるだろう。新しいものばかり取り入れる社会だけど、古いのにもたくさんいいものがあるということを忘れがち。文化を育てることは芸術の発展でもあるし、芸術の発展は文化の発展でもあると僕は思っている。

日本経済は世界でもまだまだトップクラスであり今後も僕は経済トップを維持していくにではないかと思っている。なぜならアメリカはたくさんの人口に一のイノベーションにより経済成長ができたと思うが、それらは移民、外国人の力があってこその結果。トランプ大統領になってから外国人の労働者の規制もどんどん強くなることが予想できる。今後は今までのようなイノベーションは起こりづらくなっていくかもしれない。またアメリカ国内のインフラは日本と比べると恐ろしく腐っていて、それらをあまり直す気もないため国内からどんどんおかしくなっていくのだと思う。その結果お金のあるものと無い者の生活の差はもっと広がり国内でテロや問題行動が多発する社会にもっとなるかもしれない。それらにかかる費用が莫大になれば経済成長はなかなか出来なくなると思う。

中国経済成長は将来とまると思う。中国がお金を持ち力を持つと大変なことになるというのは世界中の人がこれからもっと学ぶことだろう。発展途上国なのだから優しい目で見てあげようというのは分かるが、精神的な発展は今後もあまりないだろう。あったならとっくに変わっていると思う。世界中の人が中国とのやり取りを減ら傾向に今後なれば中国の経済成長は急降下していくかもしれない。

アメリカと中国は似ているのでどちらも国内の問題を大きく抱えてそれらの解決に莫大なお金がかかると思う。それに比べて日本は国内にかかるテロや殺人事件などにかかる費用は少ないのではないかと思っている。インフラも細かく修理していることで危険なこともおきづらい。

そのうち日本が一番になるんじゃないかとさえ思っている。
そこで芸術にも理解がある国になっていればさらに良いのだけど。
ちなみに芸術は経済成長に役立っているので芸術が必要ないというのはもったいない。
ここでいう芸術とは見た目のことだ。見た目が良いものは売れやすいと思う、なぜならそれは使いやすい形かもしれないし、近くに置いておきたいと思う見た目かもしれないからだ。
見た目のデザインに力を入れることは非常に重要なことなのだ。どんなに良い機能でも見た目が悪ければ使われないことなんてたくさんある。

ロジカルシンキングとクリエイティブシンキングというのがある。理論に基づく考え方がロジカルシンキングであり新しいことを模索する考え方がクリエイティブシンキングだ。日本に欠けているといわれているのはクリエイティブシンキング。アートはクリエイティブシンキングを助けるツールだと思う。新しいデザインには新しい発想が必要で、社会に新しい提案も必要だと思う。イノベーションも新しいことへの挑戦。もちろん古いものを応用して新しいものを作るということもあるが、それも新しい商品開発なわけだ。アートに乏しいというのは新しいものが生まれづらいのではないか?と思うのだ。新しいことはチャレンジが必要であり勇気も必要だろう。遊び心だって必要だ。日本では大人になり遊び心を忘れてしまう人はたくさんいると思うがそれが閉塞感のある日本にしてしまっているのではないだろうか?

そう考えるとアートと言うのはクリエイティブシンキングができるようになるツールでもあるそ、新しいものが生まれると新しいビジネス、市場が生まれて経済成長できるのはと思う。
ちなみに日本のゲームはクリエイティブシンキングだらけの世界だと僕は思っている。

日本から生まれるゲームは本当に変なものから良いものまでたくさんある。今はSteamでゲームをダウンロードできる世の中になったけど、海外の人たちが作るゲームは似ているものが多い。FPS、ローグライク、競い合いみたいなことが多い。たぶん今そのように世界はなっているけど次第に競い合いだけじゃないゲームもまた流行ると思う。とくに競争社会の傾向が世の中から少なくなるにつれてもっといろんなゲームが世界で好まれるようになるのではないかと思っている。今は韓国、アメリカ、中国も競争が激しい社会だ。たぶんその理由もありこの3つの国はFPSとか競争があるゲームが大好きだと思う。経済的に裕福な人がもっと増えればたぶん競争するばかりのゲーム以外も好まれるのではと思っている。特に日本は他国と比べて極端な格差が少なく平和だからこそFPS以外のゲームも人気なのではないだろうか。
芸術を学ぶ環境としてはかなり良い環境としてはいろんなことを学べる良い環境だけど商売にするにはゲームや漫画以外だと難しくなるんだと思う。そういった点で日本は芸術に対する理解が乏しいとは言えると思う。

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