「男子劣化社会」を読んでの感想、海外からの視点で物事を見てみる。

この本はタイトルが男子劣化社会だけど、女子の問題も含めておりけっして男子だけが劣化しているわけではない。内容は男性がどう現代に合わない生き方をさせられているか、男性を陥れるワナが社会に溢れているかを説明しまた女子もどう生きていくべきかを説明している。ちょっとしたアメリカ、イギリスでの男女間の手引きみたいな本にも見える。
例えば男性と女性ではエロを感じるプロセスが違い、男性と女性ではエロに対する興奮する対象が違う。(本によると小説などのほうが女性には好まれるとか)そのプロセスの違いで男性はポルノにはまりやすくゲームにもはまりやすい。そしてエロとゲームは社会的な問題を引き起こす。世界から閉じこもり自己中心的になるという。これは男子が学業においても女子に負けているケースがあるのと密接につながっている。男子は体験型から学びたいと思っているが学校の授業スタイルは男子的ではない。また男子のほうがストレスレベルの調整を女子よりうまくできていないというものだ。そのため外部からの影響を受けやすい。

そしてアメリカでは労働倫理の欠如や家庭が勉強を優先させることをしなくなったことや、学生のうちからある男性への社会からのプレッシャーなどさまざまな要因で男子が落ちぶれていっているというものである。アメリカでは競争させることを良しとしているが、競争から負ける人のケアができていない。

そしてなんでも手に入るヴァーチャル、ゲームの世界にはまるのも現実より苦労せずに成長できるからますます男子は社会から孤立しやすくなっていっている。

全体手的にゲームとポルノの問題、若い男女のセックスのあり方のような話だ。そこに男子がどう社会で問題を抱えているのかという本だ。

この本は主にアメリカとイギリスの話だけど日本でも同じ事が言えると思う。例えば日本人留学生もゲームにはまっている人はものすごく多い。特に男性。学校の課題があるのに友達とオンラインゲームしたり睡眠を削ってゲームしたりしている。日本人だけでなくアジア人留学生も同じ。中国人のクラスメイトだと彼女がいてもゲームばっかりしていて彼女が彼はゲームしかしないといっていた。男の子は確かにこの本で書かれているような内容なのかもしれない。
男子が男子としてのプレッシャー、ストレスと感じているのはアメリカ、イギリスの話だと思う。日本はこの本で書かれているほどの深刻な男子劣化社会ではないと僕は思う。そもそもアメリカでは男子は強くなければいけない、男子としの振る舞いが当たり前、競争に勝たなければいけないと日々ストレスと感じていると思う。その競争に負ける人がいて、それをサポートできる社会が薄いから男子が劣化していくのだろう。これはリベラルなカリフォルニア、サンフランシスコでも男は男らしくという発想があると思う。そして、ゲームやポルノに依存する人の多さから男子が行きづらい社会なんだろうなぁとは思うが女子も実は行きづらい社会なんじゃないかなーと思う。現在世界中でSNS中毒の女性は多いと思われる。この本にはSNS中毒のことが書かれていなかったが今かなりの女の子はインスタからも精神的ダメージを受けていると思う。自分が駄目に感じるものすごい劣等感をあまりにもきれいに見えるインスタから感じると思う。また、日本でも精神的に問題があると病院で診断される女子は男子より多いと思う。女子には女子の男子には男子に向いている解決策を考えないといけないということはわかった。

僕が思う解決策は単純に考えるが本でも指摘されているように労働倫理の欠如が強い問題だと思う。労働倫理はどう働きたいかという目標にもなると思うし、強い目標があれば教育ゲームやポルノへ中毒になりづらいのではないだろうか?強い強いなんていうと強者の考えだ!そんなの間違っている!なんていう人はいるかもしれない。そしたら僕はお勧めすることはアートを学びアートを仕事にすることで解決する場合もあると思う。アートはある種の遊びでもあるし、体や手を動かすわけで体験型で学びたいという男子にはうってつけだ。これからVRと現実派ますます融合していくだろうし、今までの単純作業はAIによって仕事を奪われるのは間違いないと思う。でも創造的な仕事はAIでは難しい。将来はAIでも創造的なことが作れるようにはなると思うが、それでもそれはAIが作った世界であった人が作ったものとは違う別の価値があるものだと思う。結局、AIがアート活動できたとしても人間のアート活動の価値はあるだろうから、アートでお金を稼げるようになれればけっこう楽しいと思う。日本だとアートで食べていくのは難しいだろうけど、CGや漫画なら可能だろう。
あと男子がゲームにはまりやすいと思うのもわかるけど、そもそもゲームは男子中心で作ってきた世界なんだからゲームが男子がはまりやすいはずである。ネットも男子が作ってきてものだろうから男子に好まれるようにテクノロジーが発展していったのかもしれない。現代社会は男子をはめようとするワナがいろいろ落ちているんだと思う。

でもそんなにゲームにはまってしまうなら、ゲームにはまれることを仕事に活かせるように教育を変えればいいんじゃないのか?
例えば教育現場でフリーゲームを使ったゲームデータの改造方法や、ゲーム上で使われる通貨を効率的に集める方法とそれがかかる時間と現実の自分の将来必要になるスキルが必要な平均時間からのどう自分の時間をマネージメントしていくか?とか。そうすると自動で動くシステムをみんなで一緒につくりましょう!っていう授業にならないのか?ゲームにコントロールされている状況だからゲームをコントロールする方法を学ぶ授業が面白いと思うんだけど。そうすると、ゲームはマジメに遊ぶものじゃなくなってどう違法なことをせずゲームをコントロールするかという遊びになるかもね。そしてある種のこのハックができない人はゲームがつまらなくなってやめちゃうかも。

こんなにも世の中に人を劣化させるものが溢れているのだから、自分を劣化させずにコントロールできる人はものすごく仕事でも学業でも有利になるだろうなと思った。

この狂った世の中のことを考えながらふと思ったことがある、古代ローマだ。
古代ローマはあまりにも平和な時代が続き人々は堕落しローマ帝国は滅びたという話だ。
今の世の中の人々を劣化させる要因は外部要因から影響が強い。でももし自国が平和でなく貧乏だったとしたらそんな外部要因からそんなかわいそうな人々が影響されるだろうか。まだまだ貧困国だといわれる中国でも、フィリピン、インドでもゲームばかりしている人、ポルノにはまる人がいる。僕の友達がそうだ。しかしフィリピン人でアメリカで出稼ぎに来ている人はゲームに熱中していないし、重度のSNS中毒者ではないと思う。少なくとも僕の身近なフィリピン人はしていない。母国の家族を養うために働いている。このことからやはり労働する倫理観の欠如、責任が欠けているいるのが現代の問題なのではないかともいえる。アメリカでは母親が子供に勉強を強制しなくなっている、これは日本でも同じだろう。日本では放任主義という親もいるし子供のやりたいようにさせるというのがモットーだ。でもそれが正しいのかということを考えることが重要なんじゃないかと思う。

数年前アメリカで売れた本スパルタ教育をする中華系の母親タイガーマザーはアメリカで問題にもなった本だと思う。この本は子供はスパルタ教育により成功したといっているけど、僕はスパルタ教育は必要ないと思う。それより子供がはまりそうなことは予想つくのでゲームを与えすぎない、与えるゲームも親が考える。テレビも見させすぎない。そして子供の能力を見つけ開発することに力を注ぐべでだろう。

平和ボケしていてはローマ帝国のように滅びてしまうだろう。いろんな誘惑に溢れて、労働倫理に欠けるこんな社会では自分を強くコントロールするのは子供には難しいだろう。

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