京アニ火災から考えた、オタクは犯罪者予備軍じゃなくて犯罪者は社会的弱者だったのではないかということ。

京アニ火災は非常に悲しいことでファンも傷つけアニメオタクが悪くなる風潮を加速させかねない大きな事件だ。僕は怒りよりただただ悲しかった。

ネットは人格を変えてしまうというのは知られている事実である。そして僕が思うのに純粋な人であり、さらにお金に余裕がなく現実社会で行き場所がない人ほど、ネットの悪意に影響され加速していくのではないかと思うのだ。

この例がお金がなく年齢が高いニートであったり、親に自立するようにいつも言われていたり行き場所のない現実社会にネットに居場所を求めている人だ。ネットで怒る人は非常に純粋なんじゃないかと思えてきて純粋な人はオタクに多いんじゃないかと思う。純粋なゆえに正義感も強く実生活でうまくいっていないけど、その強い正義感を発揮できるのがネットだけだから正義感が強いゆえに犯罪をおかしてしまうんじゃないかと思えてくるのだ。悪意というのは簡単に拡散するし純粋な人であれば悪意に簡単に影響されてしまうだろう。この純粋というのは悪く言えば何かしらのリテラシーが低く人を簡単に信じてしまうまたは怒りをネットで表わすことでスッキリして怒りでしか幸せを感じられない狭い視野の人だといえるかもしれない。これには教育、経験、環境も十分に必要だと思うのでこれらが足りない場合は社会的弱者になりやすいと思える。

例えていえば、まだ教育も経験も不十分な子供は簡単に人を信じるのと同じように純粋は大人だって悪意的なコメントに影響されやすいんだと思う。

もしこの仮説が正しければネットによる人格が変わり犯罪を犯してしまった人たちは社会的弱者であり、政治、社会のサポートの欠陥のあらわれなんじゃないかと思えてくる。ネットが無ければ悪意を加速させてこのような事件は起きなかった可能性も高いのでネットの使い方は人のレベルによって変えていかないといけないんじゃないかと思う。映画の年齢制限のように年齢によって見せていいものは細かく変わってくる。年齢制限されているのは悪影響を与えやすいからであると思うので、ネットだって悪影響を与えやすい年齢、精神年齢によっては制限が必要なんじゃないかと思うのだ。それは子供のためでもあって人のためにでもということだ。

過去の無差別殺人にも同じことが言える。秋葉原通り魔事件では犯罪者はネットに依存していて人付き合いが苦手な社会的弱者と思われる。無差別殺人なんて普通の人にはできない、どこか強い責任感と正義感が性格に含まれているんじゃないかと思われる。

法務省には無差別殺人を起こした人の特徴が研究されているページがありその中でも京アニの犯罪者とかぶるんじゃないかと思うところをピックアップすると

・親との関係が薄い

・不安定な就労状況

・社会的に孤立

・ひがみがち

・犯行時にイライラしている

法務省のデータにも書いているように

「恵まれない生活環境の中で希望や意欲を失い、その境遇に関して視野が狭くなり偏った思考になり、不平不満が増幅していくというパターン」

というのが今回の事件とは合うのではと思う。これには精神的な病気がある人も含まれている。

そのためオタクだから犯罪予備軍という話にはならないし、社会的弱者でありサポートが足りなかったからこそ起こってしまった犯罪なんだと思う。無差別殺人の多くが男性なため、男性が抱える心の問題が想像以上に強いんじゃないかと思う。僕も男性だけどおそらく想像を超えたストレスがあるんじゃないかと思う。

相対的貧困が加速し、社会的弱者が増大しネットに誰でもアクセスでき悪意的なコメントから影響を簡単に受けてコメントが荒れることが多いネットを見ていると、世の中息苦しくなっているんじゃないかなと思えてくる。

日本社会がどんどんおかしくなっていっているのは自己責任というのが頻繁にでてきたあたりからなんじゃないだろうか。もちろんオウム真理教の事件もあるがそれも日本に不満を抱えている人が多くなっているんだと思う。

やったことは重大だから死刑っていうのはあまりにも簡単に考えすぎなんじゃないかと思う。また同じことが起きるかもしれないと考えたら犯人と向き合ってどう社会が変わるべきかどう政治的に解決できるのか、どう僕たちの意識を変えていくべきなのかを考えないといけないんじゃないかと思う。

僕は幸いには海外にも留学させてもらえて海外から日本を見ることでますます日本のことが好きになっていくのだけど、視野が狭い人には狭くならないように何かできるサポートがあるんじゃないかと思えてくる。こんなに世界から羨ましがられて愛されている日本を知らずに、さらに京アニのアニメの世界のファンの多さを知るとイライラし犯罪をしてしまうなんて悲しい事件だと思った。今の世の中アニメが世界とつながる手段になることはものすごく多く、多様な社会でも同じアニメ好きは簡単にコミュニケーションが取れやすいのでこんなにすごいことはないと思えるのに。

さらに言うならアートを学んだほうが僕はいいと思う。何をバカなことをと思うかもしれないが、本当にそう思う。アートは視野を広げるしいろんな魅力に気づけるようになると思う。アートには視野を広げさえないために制限をかけたアートしか触れさせない時代があったわけだけど、それだけアートは視野を広げるということだ。アートは愛と密接していてアートを考えることで犯罪をしたいという気持ちにはならなくらるんじゃなかと思えてくる。アニメ、プラモデル、ファッションでもメイクでも鉄道でもなんでもアートが含まれるからアート的センスを磨いていればどんどん、イライラとかひがみ感情は無くなって好きやハッピーな感情があふれてくるからネガティブな感情が入る隙がなくなると思うんだよ。どんなに貧乏でも社会的に孤立していても恐らくそういう人は幸せだと思う。アートって心のセラピーみたいなところがあってアートを通した自分との対話であって自分自身を見つめることで忙しい社会で忘れている気づけないことに気づくという良い意味もあるからアートは人を幸せにすると思うよ。さらに精神的に脳にも傷害があって落ち着きがない場合は音楽療法とか違うアプローチができるんじゃないかと思う。

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コメント

  1. 匿名 より:

    本記事に同意します。
    僕は京アニファンです。中学高校の辛い時期を京アニが和らげてくれました。
    中でも「らき☆すた」が特に好きです。それと「クラナド」その他諸々。
    当時はアニオタというと気持ち悪がられましたが、心の支えにはなっていました。
    なので今回の事件には動揺しています。

    ですが、僕は加害者を恨む事は出来ません。
    確かにやった事は許せませんが、僕自身も中高生の頃はとても不安定だったからです。
    きっと、皆、同じなんだと思います。
    殺人を起こすほど自尊心を傷つけられた人間が、殺人を起こすのだと思います。
    辛い経験があった→殺人を起こす。という流れなので、原因は犯人ではない気がします。この犯人を死刑にしても次の犯罪が防げるわけではありませんし、重要なのは、このような犯人を生まないようにする事です。
    被害者も、加害を起こすほど追い詰められた人間も、平等に大切にされる必要があります。

    • ぶち より:

      アニメオタク、鉄道オタクでもオタクを悪くいう人がいて言われた人は心が不安定になるのは「みんな同じなんだ」、というコメントに「はっ」とさせられました。僕は涼宮ハルヒの憂鬱のGod knowsを久々に聴くとやっぱりいい曲だなって思わされ癒されます。

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