ファッション誌を見て思ったこと6

ViVi 2020年3月号を見て思ったことがあった。

うっかりモテメイクというページがあった。

初対面でも相手のハートを「ズキューン」と貫く可愛いピンクメイクなのだという。

甘さが漂うムードで無意識にホレさせるメイクなのだと。

強気な女の子でなくデリケートで儚い雰囲気が可愛く見えるらしいが、僕にとっては強気な女の子に見えるんだ。目力が「ぐわっ!」ってあるからだ。
目の周りだけ浮き出ているようだ。
透けそうなまなざしでズキュンどころか力強いまなざしで捕まえられそうだ 笑
ひと目ボレ顔はシンプルに限る 笑

ピンクにすればモテると思っている雑誌も多いのだろうか、日本のメイクがピンクっぽいからただそのトレンドなのだろうか。ピンクはうっすらぐらいが可愛いと思うんだけどガッツリめだとかわいいというよりアーティスティック。

チラッと現れる赤いラインや丸みのある上唇が「付き合ったらこんな感じなのかな」って妄想させる仕掛けだというが、
たぶんそれこそ勝手な妄想で少なくとも僕は赤ラインがどうこうなんて気にしないし一般の人は赤いラインにさえ気づかないかもしれない 笑
ピンク=モテは違うだろう 笑

それよりチェリー柄が独特でメイクよりこの人面白い人なのかな?と妄想させる 笑
アメリカ人の先生がスイカ柄のおもちゃのイヤリングをしていたけどやっぱり面白い人だった 笑

グリーンシャドーはあまりみないけど余り見ないからこそのうっかりモテがあるかというと、ない 笑
グリーンかどうかなんて気にしないだろうなぁ。
僕は気づくかもしれないけどモテとかどうこうよりアーティスティックだなぁって思うかも。むしろ目がロッカーみたい。服も革ジャンとかが面白いかもね。

中国の360度最強美人、チャイボーグについて書かれてあったけど個人的にチャイボーグってかわいくない。

気が強そうというのはいいんだけど、気が強そうを越えてなんか怖い 笑
そもそもチャイボーグのメイクやっている人って痩せている人が多いイメージで、痩せているというより痩せすぎている。チャイボーグ女子は飯を食え! 笑
強そう、冷たそうって紙一重で病気っぽく見えたりもする。キョンシーかな?
キョンシーから中国メイクは成長していないんじゃないかと思ったり思わなかったり 笑

僕の感じ方ではチャイボーグは不健康に見えるし、チャイボーグで有名になる人って骨みたいなで細いなぁっていう人が多い気がする。
まぁホネみたいな女性を好きな男性はいるだろうけど。
強そうな女性って化粧だけじゃなくて体鍛えていないと強そうなメイクではあるけどなんか弱そうにやっぱり見える。

それにチャイニーズとサイボーグの造語でチャイボーグという名前のセンスがダサすぎてオシャレじゃない。中国人以外のアジア人の女の友達にチャイボーグについて聞いたけど、チャイボーグなんてしらないし名前が変で笑っていた 笑
他の人に聞いてみた印象と僕の印象を合わせて考えてもネーミングセンスがない人がたぶん最初に考えたんだと思う。

それにチャイボーグの人ってだいたい顔がかわいい人が多くて、あまり手の込んだメイクじゃないように見えてケバく見える。顔がかわいくない人がチャイボーグしてお誰もが360度最強美人になれるわけじゃない。
言っとくけど中国ファッションは面白いものもあるけど変でダサい、ギャグみたいな服はたくさんあってオシャレなのかなー?って謎なものが多い。そんな世界のメイクもやっぱりオシャレなのかなー?って思うんだよ。

韓国のオルチャンメイクと中国のチャイボーグって似ていて。オルチャンメイクするとだいたい不細工になると僕は思っている。顔がかわいい、美人な子は似合うんだろうけど一般的な人がすると似合っていないんじゃないかなって思う。顔だけが浮くっていうか。また古臭さがあってそれもオシャレ感がない原因かもしれない。

色っぽいセクシー系か強め系で美人スイッチが入ってテンションアガるらしいが個人的にはダサい。全体的に古臭い。メイクのせいかな?スカートの色のせいかな?体のラインがはっきり出る服装ってアメリカの服もそんなのがあるけどなんかダサく見える。体のラインをオシャレにみせたいなら足を自信たっぷりにだしたほうがかっこいい。特にアメリカの学生が体のラインが出るスパッツみたいなのを履いているんだけどダサいんだよ。そんなイメージを上のニットタイトスカートから印象を受けたのかもしれない 笑
基本的にアメリカの服装はダサいから、そんなアメリカに中国人も多くて中国メイクを良く見ることができるから、アメリカ=ダサい=中国メイク多い=ダサい に見える 笑
まぁこの意味はアメリカでも受け入れられやすいのは中国や韓国メイクと言えるかもしれない。でもそれはダサいってこと。基本アメリカはアメリカ人も認めている人がいるぐらいダサいから。それを中国メイクはアジア版アメリカメイク、グローバルメイクなんて言うのは中国メイクはアジアの中で「ダサい」って言っているのと同じような感じ。自分のオシャレ感に自信がないように見るのが中国と韓国。アメリカっぽくしようとしていてそれを強いオシャレな女みたいに言っている。その考えがダサい。
かっこいいのはアメリカメイクはダサい、これからはアジアのメイクが世界を変えるぐらいのものがかっこいいと思うけど。

アメリカの食べ物が恐らく今後アジアン回帰になっていくかもしれないと僕は思っているけどメイクも同じでアジアがアメリカを真似しないなら、アメリカはアジアのスタイルを取り込んでいくんじゃないかと思っている。日本のスタイルのほうがアメリカを真似ているような中国や韓国のファッションよりかっこいいし独創的だと思う。
日本のメイクは妖精みたいにアメリカでは思われるかもしれないけどそれはかわいくていいんじゃないかなって思う。別にアメリカ人に媚びうる必要ないしアメリカ人だってアメリカ人はダサいって思っている人はいるし日本のほうがオシャレだと自信を持ったほうがいいと思う。

もちろん中国人でも韓国人でもオシャレだと思う人はいるし服装やメイクが似合っていると思う人はいるけどね。僕は無理に色気を出そうとするように見えるはっきりとした赤いリップをつける人よりナチュラルな綺麗な人がいいし、僕はオシャレとか疲れるしシンプルが好き 笑

日本に戻ったときオルチャンメイクかチャイボーグっぽい人がたくさんいていつから日本ってこんなになっちゃったの?って浦島太郎みたいに思った。チャイボーグでなくジャパボーグかな?日本のバブルメイクかな?バブルメイクよりチャイボーグのほうが化粧が濃い気がする。細かく言えばバブルメイクとチャイボーグに違いはあるけどなんか似ているだよ。
街歩いていてバブリーメイクがたくさんいると思えばギャグみたいで面白いけど、考え方を変えればホラーだ 笑

また別の視点から中国、韓国メイクを見ると差別意識に欠けるメイクだとも言える。いろんな見方があるので差別だ!というわけではないけど、おそらく昔ながらの日本だけでなくアメリカのフェミニストたちは赤いリップで女性らしさを強調するとかもう終わった話だろうと思うかもしれない。アメリカの場合、女性への性差別と思わせるようなことには厳しいが女性が持っている体を見せつけることは気にしないむしろ見せつける人がいるのは面白い。
韓国は日本より差別意識がいろんなところにある社会だと僕は僕の経験と韓国人の友達の話と本からの知識も含めて総合的に思う。
そんな強い差別意識がある国のメイクに差別意識がないとどうして言えるのだろうか?
中国も同じく女性がまだまだ弱い立場にあると思う。中国の女性って強いんじゃないの?と思う人もいるかもしれない。あれば強くなろうとしなければいけない環境があって性差別だと思うようなメイクでも強く生きるためには受け入れないといけない環境があるんだと思う。だからかどうしても中国女性のメイクは強さと色気をだそうとするところがあるけど、それも中国男性が好みそうなメイクなわけで、男性にこびっている一面もないとはいけないわけだ。
アメリカではアメリカ人の女の子の学生はほとんどメイクをしないしても薄いメイクだけど、中国人と韓国人はやっぱりメイクをしている。アメリカ人達からするとそんなにメイクして男にこびって、もしくはどこかパーティーにでも行くのか、男性と付き合いたいと求めすぎているのかと思われることもあるのである。
でも日本のメイクだって男性に向けてするのだってあるでしょ?と思うかもしれない、日本のメイクと違うところは中国、韓国人が日本人より世界にいて中国韓国メイクを自然と広めちゃっていて中国韓国メイクの異性に媚びている印象や差別意識の欠如の印象をもたらしている部分も少なからずあるということである。
全部がいけないという話ではなく、少なくとも広めている部分があるということだ。
それを意識しているかしていないかでは大きな違いだ。

だから、アメリカから久しぶりに日本に戻って驚いたのは性差別の欠けた人たちが多いんじゃないかと中国、韓国に似たメイクをしてる人たちをたくさん見て、心の中で小さな恐怖に身震いしながらもどこかおかしな日本の環境にクスクス笑いながらも、理解を超えたときに起こる恐怖を見ても笑ってしまうような現象が僕の中にあったのだ。そんな不思議に思えた日本の環境を楽しんだのである 笑

男友達の女性のメイクの変化に気づかなさすぎにも面白かったけど、違和感、狂気さえ感じたのだ。

僕「なんでメイクが変なの気づかないの?」

友達「なにが変なの?いつも通りだよ。」

ゆでガエルはゆでられていることに気づかない。奇妙なホラー映画のような面白い現象を感じたのだった。

少なくともメイクには女性に夢を与える効果があるだろう。同姓からも良く思われないからメイクをする。でも必ずと言っていいほど異性からモテる、異性と付き合うためにメイクをすることはあるはずである。それはメイクが愛と密接で、日本の女性たちが色んなメイクに流されすぎるのは彼女たちが彼女達の愛の居場所を探して迷走しているようにも思えたりする。それは可哀想とも言えるけど希望も含まれていて複雑な気持ちなのだ。もうここまでいくと愛とホラー映画の話になってくる。映画の見すぎなのかもしれないけど 笑

恐怖と笑いは紙一重であり恐怖と恋も紙一重なのだ。色気や笑いが恐怖となったとき狂気になるのである。

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