アメリカでは考えられない涙袋が日本でかわいいということ

漫画風の練習。人の顔は手抜きだと難しい。

涙袋を作りたい!手術してでも手に入れたい!とか言う人。涙袋がカワイイという人は多いと思うが実は海外では涙袋はかわいくない。涙袋が欲しい日本人女子が多いと海外の友達に伝えると驚かれることが多い。頭がおかしいと思われたことがある。「え?意味が分からないんだけど、手術するの?」日本人って意味不明な人が多いんだねぇって思われてしまった。

涙袋をどう取るかの動画を出している海外の人のユーチューブ。

ちなみに韓国人は涙袋が欲しいって思っている女子が多いと思うけど、アジア独特の感性かというとフィリピンとかでは全く違う。涙袋を取りたい人がほとんど。まぁそもそもフィリピンはスパニッシュ系の血が入っているからアジアの中でも独特だけど。

涙袋と言えば老け顔の一つと思われている。目がおっきく見えることがそこまでカワイイかというと僕はそう思えないし、涙袋って年とるとたるんで老けて見える原因になる。

こんな感じ↓

日本には涙袋を作るためのメイク道具がたくさんある。

涙袋があるように見えるライナー

日本のファッション雑誌にも目や涙袋を強調するメイクを紹介するものが多い。これは日本や韓国独特と思われるので非常に見ていて面白いが、日本のかわいいというものの感性を作っているいるものに雑誌からの影響は非常に大きいと思われる。涙袋をかわいいと思うことは悪くないけど、かわいいと思わない世界もあることをもっと見せるべきだと僕は思う。
そこで日本の雑誌から見えるジェンダー感などを見ながら涙袋が強調されている雑誌が多いということを見てみよう。

例えば雑誌Ray2019年3月号

ぱっちり大きな目 という言葉とともに紹介されているアイメイクはさりげなくだけど涙袋も強調しているメイクを紹介している。

目を大きく見せたいのは乙女の永遠のテーマ、がメッセージ。
目をこんなにも強調するのは目が小さいことがかわいくないという偏見からなのか、うえつけられた思い込みなのか少しかわいそうになってくる。

雑誌の表紙には

「もっと可愛くなれる」というメッセージは非常に女性がかわいくならければいけないという強いうったえかけで日本の女性がかわいいというものにプレッシャーを感じているということが見えてくる。

日本の現代社会はかわいい教が広がっている世界だから面白い。

そして雑誌Scawaii

この雑誌には涙袋の作り方がガッツリ載っているいたのだけど一つ引用する。

涙袋を作るための整形についてや涙袋コスメの検証もされており涙袋に拘っている。
Scawaiiは韓国押しなのだろう。韓国の友達もいるから韓国の悪いことはいいたくないけど韓国は差別やジェンダーについては日本より非常に遅れていると思うので見た目に関しては偏見や差別意識を無意識にもうえつける可能性があると思うので気をつけたほうがいいと思う。

「これがないとマジで 涙袋で目を盛る」というメッセージがあるように涙袋がないといけない!という強いメッセージだ。○○がないと絶対いけないという強いメッセージを受け取って育つと見た目で露骨に比較する人になりそうなので差別意識の薄い人になる可能性があると思う。そして表紙の「とにかくかわいい目になりたい」という強いメッセージ。これは
アメリカの友達に見せたところ興味津々に見られたが、こんなに見た目を気にしなくてもいいのにね、みたいに言われた。
日本の女性が自信がないという人が多いと聞く中、雑誌を見ていると自身をなくしてしまいかねない数々の言葉を見つけることができる。

「とことんぷっくりが理想」という強いメッセージは涙袋を作りたいと思う人が増えても仕方がないと思えてくる。

これらの雑誌に限らず数々の雑誌が目についてのメイクを紹介している。非常に目の周りを気にする人が多いということがわかってくる。

ここで話した内容は決して雑誌の悪口を言っているわけではない。日本の雑誌から読み取れる女性論、ジェンダー論、社会問題を少しだけ考察したのが今回の内容だ。個人の考察であり事実とは違う可能性もあるので、まぁそういう考え方もあると思ってみてもらえばいい。もちろんメイクだけじゃなくて様々な日本にある分野から同じようなことが言えることを見つけることはできるけど今回はメイクで話した。このように何かをテーマにとって露骨にディスカッションすることはアメリカではあるのでそういうものだと思ってもらいたい。

ちなみに僕はファッション雑誌を見るのは嫌いじゃない。Scawaiiでもなんでも、メイクについてよく研究していると感心してしまう。僕はメイクには興味ないけど色の使い方や見せ方などはとてもアートと密接してると思うので見ていて学ぶことが多々ある。

ファッション雑誌は使われている言葉からわかるように人に共感してもらうように紹介してる。一ページ一ページに拘って作っているだろうからある種にアートと考えても変ではない。
文字の大きさ、文字の色、形、向き、構図、読み手の目をどう誘導するのかというアートによくある手法が使われていると思われる。

そもそもこのように読み手、見る人に共感してもらおうとアートを活用しだしたのはソ連と中国の共産主義の考え方からが主に始まっていると僕は思う。共産主義が始まる以前は統治する人がいてそこに共感というものはなかった。そのあとソ連がアートを通して人々をコントロールするためにプロパガンダ含んだメッセージ性のあるソーシャリストリアリズムという考え方が広まった思う。一応言っておくがソーシャルリアリズムではない。その一例として

ソ連記念碑建築労働者というシンボル

人々がまとまって力を合わせて社会を良くしていこう、それにより国が人々をまとめあげるというものだ。

そして中国の毛沢東の時代、中国はソ連の影響を受けソーシャリストリアリズムを学んだ。そしてこの時代から出てくるアートが英語のタイトルだけど、The Red Flag of the Party

人々がとても力を持っているように描かれていてどこかヒーローのように自己犠牲を感じられる様子がうかがえる。

ソ連が崩壊してもこの人々をコントロールするテクニックとはいうのは現代社会で様々なところで使われている。このテクニックは人が共感しやすいファンを作りやすい。これはおそらく日本でも明治より前にはなかったことなんじゃないかと思う。映画でいえばアヴェンジャーズ

中国の毛沢東時代のthe Red Flag of the Partyにも見られた自己犠牲感、力を合わせて立ち向かうというまとまり感が感じられる。アヴェンジャーズのファンは多いはずだ。

このようなテクニックが悪いという話ではなくて現代社会とは気持ちを誘導させられるものがたくさんあるということだ。プロパガンダではなく企業のビジネスとして使われるわけだ。

アートとはその時代を反映しており、その時代に求められることがアートとしてでてくる傾向が強いと思う。また教育的要素があるためアートを見る人がアートからのメッセージを学ぶというものがある。アベンジャーズには強さは正義、ヒーローは憧れなどのメッセージ、毛沢東時代のアートにも国民はヒーロー、助け合うことが大切という教育的メッセージ。メイクを見ても日本の社会は非常に見た目を気にしてかわいいくならないといけないものなのだ、という社会の声が雑誌にも見てとれると思う。女性は可愛くならないと!という教育的メッセージがある。

資本主義であり表現の自由というのがあるため現在さまざまな表現ができているが、社会をよりよくしていくこととアートが密接にあることを考えると今後ファッション雑誌で使われるような言葉選びや色、アヴェンジャーズのような男勝りなヒーローばかりというものは少しずつ変わっていくかもしれない。

いま見られる多くのアート(映画、ゲーム、雑誌など)は社会をよりよくというより利益中心だと思われる。アートのあり方が変わるときは人のジェンダー意識や差別意識、社会のあり方が変わるときだと僕は思う。

自信のない人が多く自分の見た目をなげいている人が多いと思う日本社会に、数々の雑誌や映画には人の心を誘導するテクニックが使われていることを知って、薄っぺらいうわべだけの踊らされるような人にはならないように気をつけたらいいんじゃないかなと思う。それはアートを知ることでもあるのでアートの勉強は社会を理解するためにも自分のことを知るためにもいいと思う。

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