優しさと生きづら

昔、日本で何故か生きづらさを感じたことがあった。これは社会に優しさの欠如が生きづらさを感じさせているのだと僕は考える。海外の友達の中には自国の方が生きづらいよという人もいるが、まずここでは何が僕にとって生きづらいと感じたことなのかを述べたい。

何が僕にとって生きづらいと感じたのか?


1:たくさんの人が働きすぎていること。さらに有給もとりづらいこと。

2:日常において助け合いが他国と比べて意外と少ないと感じたこと。

3:昔働いていたとき、働いても会社内で自分価値を感じづらい

4:働いても自分の成長を感じないし、生活が充実していく気がしなかった。


というのがある。
では、どうすれば日本は生活しやすくなるのか?
僕の答えは、お互いが助けあい、許容し合うことが重要なんじゃないかと思う。お互いささまなんだからと。下のリンクのYoutubeを見てもらいたい。
リンク

このビデオのようにほとんどの日本人は気づかいや、助けることはないだろう。でもビデオのコメント見てもらいたい。何人かの人たちが助けたのかを気にしている。
さらに下記のネットの日本の記事を見てみると、赤ちゃんに厳しい国とある。僕は赤ちゃんにとっても厳しいけど、他人にも厳しいのが日本だと思う。

赤ちゃんに厳しい国
海外ではお年寄りや妊婦、障害のある方に積極的に電車内の席を譲る。それはほぼ100%だろう。でも日本では違う。僕たちは一人では生きていけないはずなのに、なぜなのか日常において日本は助け合うことが少ない。もっと助け合いや気遣いをすることが必要なんじゃないかと思ってしまう。

この助け合いや気遣いが少ないのは政治、会社、他人からの優しさの欠落が原因なんじゃないかと思う。

乱暴にいうと、日本社会は真剣さが欠けていると言える。仕事の仕方が効率悪いのとかもそうだ。もし真剣だ、というのだとすれば、真剣に向き合うとこが違っているのかもしれない。
なぜ他の国は生きやすいと感じるのか?
その答えは海外の宗教が大きく関わっていると思う。
説明しなくとも、助け合い精神についてはキリスト教は有名だろう。
その精神のおかげで助けられている人の話は「日本を捨てた男たち フィリピンに生きる」という本を見てもらうとわかる。
僕は宗教をやらなければいけないということを言っているのではない。過度な協調性より優しさや生きやすさを含めてどう生きるべきかを学ぶ機会が少ない日本の教育に問題があると思っている。

ゲーマーを見習う
ゲームオタクをバカにするのではなく、真剣に格闘ゲームをしている人はいろんなことに気づけると僕は思っている。格闘ゲームは相手との行動の読み合いのゲームだ。相手の行動、考えていることが読めないと負ける。真剣さはものすごい。そして、アニメの世界にも学べるところがある。アニメキャラクターたちは協力して敵を倒していく。みんな必要な人たちであり、助け合って生きている。これは日本社会に必要なことだろう。そしてオタクがキモイと否定するのは、短絡的過ぎて日本の今後が僕なりに心配になる。少数派の意見を尊重しない社会は間違いを犯す可能性があるというのは、過去のたくさんの歴史からもわかる。それらすべては真剣さの欠如が当てはまると思われる。

創造的なことを否定するのをやめる
僕はオタクは社会を変えることができると思っている。好きなこと、やりたいことを持っているオタクはやりたいこと好きなことがない人たちより創造的な社会を作る可能性があると思っている。今のところ日本は芸術などのソフト面の創造性へのリスペクトが少ないと感じる。芸術やソフト面に目を向ける、広い心や余裕がなければ人に対して優しくできる心の余裕が育たないのではないかと思ってしまう。作り手に優しさがなければ、人に優しいデザインの製品はできない、それは人に優しい社会にならない。
僕は日本が大好きなので、今回は僕なりに日本がどうすればいいのかを考えてみた。

電車内で寝落ちしても安全なのは日本のいいところだが、それは何か大切な物を失っている社会の表れに見える。

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