【ネタバレと感想(トラウマ)と考察】The Vanishing ザ・バニシング 消失

見終わった後、ぞぞっ!として

「うわ、うわ、うわわわわぁぁぁぁぁーーーーー」

と心のそこで叫ぶものがあった。

この映画のネタバレは他のブログでもあるので長い説明は省くとして簡単にいうと、めちゃくちゃすごいサイコホラーということらしい。すごいのかどうかは分からないけどトラウマになる内容だった。伝説の映画というだけあって納得の怖さだ。

サクッと結末まで紹介する。

サスキアという女性とレックスと男性がいてサスキアがサービスエリアで飲み物を買いに行った後、行方をくらます。

女子トイレに入って探したり、人に聞いたりしても全くサスキアの場所がわからない。

そしてレイモンという男性が現れる。家庭を持っていて良さそうな人だがすぐにこの人が犯人だと見ていて分かってくる。この人クロロホルムを購入してどれくらいで眠るかなど実験したりしてなにか危ないことをしようとしている。

あるときレイモンは壁に張られている行方不明になっているサスキアを探すポスターを見つけそれをじっくりと見る。ポスターには3年間探し続けていることが書かれている。

そしてレックスは新しいリーネケという彼女を作るがまだサスキアにことを諦めていない。

リーネケは捜索に疲れているレックスを田舎に落ち着いてもらうと思って田舎に誘って一緒に行く。レックスはサスキアとの生活がよみがえり幻想のようなものをみてしまう。そして横になっているレックスはサスキアと叫び放心状態になる。

その後、レックスはテレビに出演して捜索していることを訴える。それを家族と一緒に見るレイモン。

リーネケはレックスとの付き合いに疲れて別れることとなる。

そして話は急展開。レイモンとレックスが会うことになる。僕があなたの探している人です。と突然いう。

レックスはレイモンをぼこぼこにする。そのあともし警察に突き出したりしたら真実はわからなくなる、とレイモンがいい。5分後に出発だといってレックスと一緒に車に乗ることになる。

どうぞといわんばかりにドアを開けてレックスをエスコートするレイモン。なんだこの展開わーーー、コントか?異常者か・・・・サイコパスだ!笑

車の中でレイモンがもしお腹が空いていたら食べものがあるよと食べ物を渡す。犯罪者と知り合ったと思えないやりとりだ。

公園に立ち寄っているときも犯罪者と一緒と思えない雰囲気だ。

これから回想などにうつり、レイモンはサスキアとどう知り合ってサスキアを殺したかという話になる。

レイモンはいろいろな女性を誘って車に呼び込むが失敗する。そこにサスキアが現れる.

サスキアが小さいお金がなくてお金をレイモンに借りる。警戒心の薄いサスキアはコーヒーを二人が飲んでなんでもない話をする。

そしてレイモンが持っていたキーホルダーが気に入ってかわいいとか言っているとレイモンが車にたくさんあるから売ることできるよといって車に誘う。

そして車に乗ってとサスキアにいうが車に張ってある家族の写真をサスキアが見て安心して車に乗ってしまう。

そして一瞬のスキにクロロホルム入りのハンカチを押し当てられ気を失う。気を失うまでにもがき苦しむのもむごたらしい。

そしてレックスとレイモンの会話にもどって、二人はサスキアを消えた場所のサービスエリアに来る。そしてレイモンがコーヒーを飲むようにいう。そこには睡眠薬が入っていると伝える。飲んだ後どうなるんだ?と聞くレックスに彼女と同じような経験をすると答える。

たくさん葛藤したあとついに勢いにまかせてコーヒーを飲むレックス。

10分後に効果がでてくると伝えるレイモン。

そのあと地面を掘ったあと何かを埋めているシーン。

埋められたレックスが意識を取り戻したとき、周りは真っ黒。助けを呼ぶが誰もこない。


そしてライターの火をみながらサイキアとの思い出がよみがえる。

新聞では二人が消えたことが掲載されている。

僕は見終わった後、レックスが閉じ込められている中で叫んで笑っているのを見てサイキアも同じように叫んだのだろうという思いが頭に浮かび

「うわ、うわわわわわわわ、ぁぁぁぁぁあああああぁ!」

って心の中で思ってゾゾっとした。血が凍るような恐ろしさとはこういうことか・・・。あと味の悪い結末がさらに僕に次の展開を想像させて恐怖が増していく。酸欠になり気を失うのか、餓死して死ぬのか、さらに虫が入ってきて食われて死んだか、雨の日には雨が入ってきて風邪引いて悲惨の状態になって死んでいくのか、とにかく恐怖が襲ってきた。

僕だったらレックスみたいなに睡眠薬入りのコーヒーは飲めないと思う。生き埋めにされるとかわいそうだ。レックスはサイキアと同じ運命をたどってどう思ったのだろう。ハッピーエンドじゃないのに気分が悪くなった。サイキアも埋められたあと意識を取り戻して叫んだのだろうか、トラウマになる。サイコパスというのがこういうものなのかよくわからなかったけどレイモンは異常な性格の持ち主だし、レックスも十分変わった性格だったと思う。それにサイキアが失踪した悪夢がのっかかりさらにレックスががおかしくなっているのだろうからサイコパスのレイモンに口で言いくるめられ殺されたのだろう。普通だったら睡眠薬入りのコーヒーなんて自分で飲もうと思わないし、警察に遭遇したときに通報するかもしれない。
レイモンは好奇心がものすごく強い人なんだと思うが、その好奇心が危ない方向に行っているのが危ない。当たり前だが他人を殺してしまうなんていうことは好奇心で実験するものではない。しかしこのような人は世の中にいる。日本には過去に多くの「人を殺してみたかったという」事件が起きていることからこの映画も現実にありそうに見えてきてちょっと怖い。

さらに世の中には好奇心がいきすぎて自殺する気持ちを味わうなどという人もいるらしく、そいう人は実験が失敗して死ぬこともある。他人を殺すわけじゃないけど命に関わることを実験したくなっている人が多くなっている変な世の中だと思った。どれだけそんな好奇心を高めるために考える時間と余裕があるのか謎である。人を殺してみたいと思った人も実行するべきじゃないと思ってやめると思うが、学校が休みになったり卒業して時間ができたときにふと、突然殺してみたくなったりして殺してしまうのかもしれない。人を殺してみたいと思う人はすでに小さいもので殺して実験している可能性はある。昆虫、動物。そして今ではテレビゲームでも人を殺すということはある種の実験のように使われていそうでちょっと怖い。どんなふうに死ぬのか、死に方に興味を持つ。
Youtubeでも女の子がぼこぼこにされるものに興味を持っている人が多いと思われるチャンネルやゲームの中の死んでいくシーンだけを集めた動画などが検索にたまたま出てくると気持ちが悪いけど、そういう人が多くなった世の中なんだと感じてしまう。またアメリカではホラー映画が日本よりたくさんあると僕は思うのだけど、そういうこともあってアメリカの学生であまりホラーを嫌いという人はいないと思う。あまりにもホラーが人気の世の中に人の精神状態は麻痺してしまう社会になってしまっているのではないだろうかとさえ思う。僕はホラーは気持ち悪くて怖いのであまり好きじゃない。見るときはネタバレなどで事前に勉強して怖さを弱めてから見る。

僕は死とアートとはかなり密接だと思っている。その結果、死をテーマにしたアーティトの中では自殺する人がいる。自殺したアーティスト達は人を殺せないから自分とアートで死について実験していたのかもしれない。好奇心とは素晴らしい反面、恐ろしい。

レイモンのこの好奇心は大人になって家庭を持つレイモンが川で溺れている子供を助けるという行為をした後、全く反対の悪魔のような行為にも興味を持つ。レイモンも生活と心の余裕があり馬鹿馬鹿しい殺すという好奇心について考える時間があったのだろう。痛みを考えることより好奇心が先にきているのが怖いというよりとてもかわいそうである。これは恐怖のサイコパス映画というより現代社会の起こりえる話なので社会の問題、ひずみが起こす現代社会の気持ちの構造の問題点なんだと思う。 日本だけではない銃を持って乱射してしまうアメリカとアメリカで銃を使って人を殺すゲームが人気なのが子供に銃で人を殺すことへの好奇心を高めているのは関係性がないとはいえないと思ってしょうがない。僕だって二回からジャンプしたらどうなるんだろうって思うことはある。でもしたら危険なのもわかるし死ぬ可能性だってあるからしない。そんなことを実験しないとわからないなんて・・・さすがサイコパス。

人の命を大切に思うこころは育まなければいけないものなのだと思わされた映画だ。日本では宗教がタブーになり、少なからず実生活に宗教が関わっているけれど、人の命や感謝などということを考えることが程遠い生活になっている。僕は宗教をやっているわけではないけど世の中の問題と宗教観の欠落は密接なんじゃないかとさまざまな問題を見て思う。アメリカは主にキリスト教の国だけど日本のようにうわべだけののクリスチャンも多い。

CNNニュースによると無宗教の人はアメリカでは増加しておりアメリカの全体の23%以上になっているという。近藤マリエのお片づけメソッドがアメリカで流行るのは宗教が関連していると思うし、今の世の中宗教観というのが世界で必要なのではないかと感じる。つまりそれは心の教育なのだ。

さらに極端な格差社会のせいでお金こそすべてと思う人も多い。そうなると宗教が教える命や感謝や神などということよりお金が大切となるので非常に気持ちの中に人としてというところが欠落していくのではないかと思ってしまう。その結果の今のアメリカの銃問題、テロ問題、貧困問題が溢れているのではないかと思った。

「ザ・バニシング 消失」は古い映画だけど、今でも考えさせられるのは現代社会に昔では想像できないぐらいの奇妙なことが起きているからだと思う。サイコパスが増加したのか、それとも元々サイコパスはたくさんいてインターネットによって表にでてきただけなのか。

ルールが多い日本だからこそ突き刺さってくるメッセージ。犯人だからってマナーがないわけじゃない、死ぬと分かっていながら睡眠薬入りのドリンクを飲まないわけない。ジャンプしたら危険なところをしないなんて誰が決めたのか。やらなければわからない、実験しなければわからない。常識を疑え、イノベーションを起こせ、チャレンジしなければ変わらない。レイモンのような常識をぶっ壊すような人は日本であんまりいないと思うから、そこは学べるところなんだけど間違った好奇心の使い方さえしなければ素晴らしいのに間違ってしまっているから恐怖でしかない。数々の人類の歴史では好奇心による実験によって頭がおかしいと思われながらもやりとげることで、空を飛べるようになったり、海中に潜れるようになったりそれらの実験をする人達がいる。それらをマッドサイエンティスとという。彼らの好奇心は自己犠牲による実験なのだけどレイモンは他人を使った実験をしてしまったのだ。そこが大きく違う。自己犠牲と他人の犠牲では自己犠牲のようが精神が強靭で死を覚悟しているといってもいい。レイモンドは頭がいいかもしれないけど弱い精神を持った覚悟の足りないサイエンティスとだと思う。

自己犠牲による実験をした人達について書かれた本があるので興味のある人は読んでみるといい。レイモンについて考えた後、なぜか人体実験をしたマッドサイエンティスとについて再度知りたいと思いこの本をまた読んでしまった。

なんにせよ、この映画は考えさせられたしトラウマになる作品だった。気分が悪くなる面白い映画だった。日本で今まで公開されていなかったなんて信じられないほど見る価値ありの作品だ。

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