やりたいことをしている僕が考えるやりたいことを見つけられない人とやりたいことをしている人の特徴

僕はアメリカでアート関連を学んでいる。やりたいことをやっているというとだいたい羨ましいとかやりたいことがないとか言われる。具体的にアートの何がやりたくて学んでいるかはあえて言わないけどやりたいことできているという自負がある。大人になっても社会人になって働いている人でもやりたいことがない人が多いと聞いてやりたいことがある人と無い人はなにが違うんだろうと思っていろいろ考えてみた。

1:やりたいこと、できること、得意なこと、不得意なこと、好きなこと嫌いなことを分かっている。

僕には好きじゃないけどできることがある。科目で言えば暗記科目は好きじゃないけどできる。暗記は嫌々やってでもできてしまう。苦しくても黙々とする作業は得意なのだ。

僕には好きだけあまりうまくないことがある。それはコミュニケーション。話はするけどあまり人の気持ちを理解した話ができていなかったり、勘違いもあったりどちらかというとテキスト、ドキュメントで読んだほうが正しく理解するし相手にも話より言いたいことが伝わりやすい。コミュニケーションが不得意なのも僕の周りにはアート関連を学んでいる人が多いけどほとんどの人がコミュニケーションがうまくないと思う。自分のことしか興味が無かったり話をしてもお互い勘違いすることもある。環境的にコミュニケーションが得意になる環境ではない。

僕には嫌いでさらに不得意なことがある。それは強く競争の必要なこと。焦らされたり自分のペースで出来なかったり勝ち負けだけで判断してシステムチックに上下を判断すること。勝ち負けだけでは上下なんて決まらないと思っているし無理な競争は体を壊すしストレスが溜まるから嫌いだしそのようなストレスに耐性が少ないから不得意なのだ。

まとめると

嫌いだけど得意なことは暗記。
好きだけど不得意なことはコミュニケーション。
嫌いでさらに不得意なことは競争。

このことから僕は黙々と作業にマイペースで打ち込むことが得意であって、いくら話が好きでも相手のことを理解しながらうまく話をしなくてはいけないたぶん営業のようなものは向いてないのだ。アートだと好きな分野になると黙々と作業したり勉強したりするのも楽しいし結果もついてくるしうまくできると褒められるし、評価されるし、時間と自分の努力だけでどこまでもできそうな気がして楽しい。
これはIT分野で言えばプログラミングなども僕はもしかしたら得意なのかもしれないけどアートのほうが楽しいからアートを学んでいるのだ。

好きなことをしているというのは自分自身が何が向いているのか出来るのか、嫌いでも出来る分野なのかそういうことが分かっていないといけないと思う。

コミュニケーションって重要っていうけど学んだ分野によっては性格も変わってくるのでみんながコミュニケーションがうまいわけではない。エンジニアとアーティストではまったく話が合わなかったり、職人と一般の人とでは考え方が違ったりコミュニケーションが円滑に出来る人ってとんがったそのほかの能力があまりないんじゃないかと思ってしまう。これは話が面白くてうまいって思う人はいるけど一緒に勉強すると適当すぎるとか話がうまくても宿題を円滑に進めるためのコミュニケーションがうまくできるかどうかとは全く別なのだ。

どうやって自分のことを理解するかというと、いろいろ経験を積む方法と自分のことをよく知っている人からのアドバイスをもらうということがある。

いろいろな経験を積むとは、不得意な教科ってあると思うけどそれは何度も同じような教科を勉強していく過程で苦手と気づいてくる。さらに部活などしても自分だけできなかったら得意じゃないんだろうなぁって気づいてくる。旅行をしても好きじゃない旅行スタイルと好きな旅行スタイルがある。電車旅行は好きだけどバス旅行は好きじゃないとか。その理由を考えてみたり、苦手な友達がいて何で苦手なのかの理由も考えてみるとか、さまざまな経験からなぜ好きなのか嫌いなのか得意なのか不得意なのかを分析することが重要になると思う。

そして自分のことをよく知っている人とは親や付き合いの長い友達になると思う。自分では気づけないことを意外と気づかせてくれたり自分自身の分析をしている本人以上に得意不得意をしっていたりしてアドバイスは重要だと思う。

2:興味があることの範囲が広い、もしくは興味の範囲が狭くても特定の好きなことに関する情報に豊富にアクセスできる。

興味の範囲が狭いと広い人に比べると経験も少なくなって得意とか不得意とか分かりづらいと思う。なのでいろいろやってみるということが重要だと思うし、中途半端にやるんじゃなくてある程度のめりこんでから、結果を見てやっぱり向いていないかどうか判断できると思う。興味があまりない人だと他人の指針を信じて行動してしまいがちだと思う、例えば就職ランキングがトップの企業が一番良いとか、ブランドものが絶対良いとかそういった誰かの良いというものに左右されがちだと思うので自分自身を見つめることがあまりできないと思う。
いろいろなことをしようと思うとお金もかかるので家庭環境によってはできない人もいると思うので好きなことがあって得意も不得意も明確にしている人というのは幸せなのかもしれない。

そして興味の範囲が狭いけど好きなことが明確にある人がいる。例えば友達でマンガばっかり描いている人がいるけど漫画とゲームと映画意外好きじゃなくて興味の範囲は狭いけどとにかくマンガに関する情報にアクセスできる環境がある人だと思う。例えばインターネットが使えないという環境ではないし、マンガを描く友達も周りにいて情報交換だってできるし、マンガばかり描いて怒る家庭環境でもなく、逆に親も喜んでいるし親もマンガ好きで絵も趣味で描けるというマンガを描くことに飽きることがない環境があるのだ。
飽きずにできる環境ってとても楽しいと思うしそれが好きなことになるだろうし得意なことになると思う。

図で言うと横に広くそこそこ深く経験を積む方法と、縦にずっと深く経験を積む方法がある。どちらも自分を分析するのに有効だと思うのでこれらをやるかやらないかで好きなことがあるないという人になると思う。

僕は横と広くて浅くて深くはないけど学びつつ、特定なものは縦にも深く学んでいる。わかりやすくゲームで言えば得意なゲームと不得意なゲームがある。僕はeSportは苦手でストレスが多い。でも個人で遊ぶゲームは良いストレスで楽しむことができる。これはチームワークが苦手というより準備もしていない知らないものどうしが集まったeSportなどで協力して勝利するということは限りなく難しいと思ってやる気がなくなるのだ。仲の良い友達とチームを組んでもみんながいつでも集まれるわけでもなしゲームをやりたいときに集まらないのはストレスだと感じてeSportは向いてないのだ。だけどゲームに長時間集中しないといけないのも向いてない。でも時間をかけて成長できることは楽しのだけど、やりたいことが多いのでゲームばかりやっていると後で後悔することが多いのだ。

そういった理由から自分のペースで出来ること、成長を感じること、コミュニケーションがあまり必要じゃないことだと僕にとってはアートになる。アートってアートの説明とか相手を一緒に何かを作る場合はコミュニケーションが必要だけど必要なコミュニケーション時間は短時間だし好きなことを話すから苦しくないのだ。

3:愚痴を言ったり他人のせいにすることがあまりない

他人と比べてあの人はいいよねーとかあの人って最悪とか、そんなことばっかり話している人がいる。頭をそんなことばかりに使っていたら好きなことって見つからないと思う。なぜなら好きなこと得意なことを知ることは経験と分析が必要になるので頭を経験を積むことに使ったり分析に使ったりすることが多くなる。そして好きなことをするということは好きなことに時間を使って頭を使うわけだから他人のことをディスったり愚痴に頭を使うなんていう時間があまりないと思う。

そんな他人のことを馬鹿にしたり愚痴を言っている時間があったら好きなことをしたほうが楽しい。例えばゲームが好きな人は他人のことをバカにするよりゲームしているほうが楽しいと思う。ゲームって

それってある意味幸せなことだと思う、なぜなら不必要に他人のことばかり気にする時間にとらわれないし楽しいと思えるものが毎日あるわけだから気持ちの上で健全なことだと思う。健全じゃないというのは嫌なことばっかり言ったり、自分の環境が悪すぎるからという自分以外のせいにしていまって本人が改善すればできることも気づけなくなって行動に移せなくなる精神状態。

言葉でも精神的にも嫌いなことばかりに囲まれている好きなことが現れても好きなことに気づけないと思う。好きなことって好きなことを見つけることにアンテナを張って敏感にならないと素通りしてしまう。例えば好きな絵があるとしてその絵だって何気ない風景だとしてもその何気ない風景の中に好きなことを見出せないと何気ない風景は好きな絵にならない。何気ない風景だから気にしない人には好きならないものだけど好きと思った人には好きなことを見つけることに敏感になっているといえる。みんながかわいくないというキャラクターの中にもかわいいところを見つけたり気持ち悪いという中に魅力的なものを見つける。これはアーティストの中に一つのものを集め続けるコレクターがいるけどコレクターは集めているものについて鋭い視点を持って魅力に気づいているし知らない人に魅力を伝えることができる。

好きなことを見つけるとは本人の精神と物理な環境(友達関係、学校その他いろいろ)も好きなことを見つけられる環境にあることが重要になると思う。

日本だけでなくアメリカでも自殺や犯罪が増加しているのも悪いことしか見えない環境が本人にあってずっと色眼鏡をかけている状態なんだと思う。そんなことでは差別もなくらならないし、ステレオタイプになるし気持ちの面でも不幸になりやすいから犯罪も自殺も増えるのだろう。

僕も他人のことを文句いう時間よりやりたいことに時間を使いたいと思っているし、実際にアートって作業していると他人のことなんて考えながらできない。僕の人生の中に他人のことを文句いったり愚痴ったりする時間がおそらく好きなことがないという人より少ないと思う。

4:本を読む

本ってインターネットの情報より有益なことが多くて、テレビやユーチューブより深くてしかも自分のペースで考えながら読むとでいい勉強になる。それは自分の不得意、得意なことに気づけることにもつながる。

本を読む人ってものすごく減っているけどそれって本当にもったいないから読む時間を作って読んだほうがいい。読まないとテレビなどのメディアに操作されやすいと思うので他人の文句や愚痴に走りやすい人になるんじゃなかと思う。

アメリカのドナルドトランプが大統領に当選した理由には簡単に言えば頭で考えないで良いわからいやすい宣伝をしたことが一因だと思うけど、考えることを癖づけておけばそのようなセンセーショナルな情報や考えたらなんか変だぞと思うことに惑わされづらくなると僕は思う。

誰かに惑わされてばかりいると自分のやりたいことなんてなかなか気づけない。なぜなら本人の気持ちでやりたいことがあるのに気持ちを誘導されて結局やりたいことができないということに陥るからだ。そいうケースはあとで後悔する。

深い情報に触れてそれを本を通して自分の経験とすることができるので幅広い知識が実際に行動するよりつく。
本って公共の図書館に行けば無料で借りられるし、学生であれば大学がProQuest Ebook Centerのサービスを学生に提供している場合があるので世界中の英語の本がかなり読める。
英語を読まなくてもイラストブックなどもあるし見るだけ楽しいものもたくさんある。このProQuest Ebook Centerのシステムは正しくはわからないんだけどこのサービスを通してたぶん学校が購入している本を学生が自由に読めたりして学校によって読める本が変わるんじゃないかと思う。そしてKindleの読み放題プラン。これは安いコストでたくさんの本を読めるのでコスパがものすごくいい。現代って読書をしやすい環境なのに読書しないなんて本当にもったいないと思う。低コストで勉強できる環境があるのに勉強しないでいい成績もとれないとなると本人のせいか家庭環境が悪いのかと思ってしまう。わかりやすくゲームで例えるとやればお徳なのにやらないという縛りプレイみたいなもの。知ってたらやるけど知らなくて知らないうちに縛りプレイになっているようなもの。いってしまえばソシャゲって説明不足なゲームが多くて知っていればそれやったのにってことがあって知らない間に縛りプレイになっているようなこと。

本を読む自分の分析につながるし、人としての教養もつくだろうし、勉強考える癖がつくことで給料だって上がるかもしれないし、情報が氾濫している現代で惑わされないように生きるためのサバイバル力にもなるかもしれないのに読まないなんてもったいないさすぎる。ドMなのか、実はブラック企業が好きなのかブラック企業に向いているのか、もう意味不明である。まぁ日本はドMに陥りやすい環境があるんだけどゲームで言う攻略とか裏技とかを学ぶことは現実でも重要だと思う。本は裏技を知るようなもので普通では体験できないことも知れるものすごい価値の高いこと。でもチートなんていうのはゲームでも現実でも犯罪なのでダメだけど。攻略というと受験勉強とかがわかりやすけど受験勉強ばかりするんじゃなくてもっと将来をもっと考えたほうがいいと思う。

僕は学業が忙しいときはあまり本を読めないけど、時間があるときは月10冊は最低読んでいるし多いときは30冊は読む。僕の友達からするとそんなに読まないみたいだけど、たぶん僕は読んでいるほうなんだと思う。読書をしない人が多い時代だからこそ読書をしたほうが他人とは違った考えを持つことができるしそれが魅力になるし、将来の生存戦略として読書はいいツールだと思う。

5:嫌われることをあまり気にしない

我慢をたくさんしていると自分の気持ちを殺してしまい本心に気づけないことってある。嫌われることを避けて我慢してして好きじゃないことを続けるのは好きなことに気づけない環境を自分から作っているといってもいいと思う。

やりたいことって他人と違うことがあるので他人の意見ばかりに従っているとやりたいことなんてできない。

嫌われることを気にしないって他人のことを馬鹿にしたりとか愚痴ったりすることが大幅に減ることにつながると思う。なぜなら他人と違うという多様性を受け入れる気持ちを育むことになるから。日本で好きなことがあまりないという人が多いのは多様性が少ない社会だからじゃないかと僕は思う。嫌われることを避けすぎて相手に合わせるや空気を読んでばかりするといったこと。自分と他人は違うんだから違うことをもっと受け入れる環境がないと自分の気持ちを押し殺して好きなこともできない人生になってしまう。その結果自殺も増えるのだろう。

感情を育むって自分の感情に素直になることと自分の気持ちを発信することが重要になると思うから日頃から自分の気持ちには素直になったほうがいい。でもこれが行き過ぎるとアメリカみたいになる。アメリカ人って率直に言って馬鹿な人が多い。叫んだり、怒ったりしやすいし、単純なことで爆笑したり、そもそもアメリカのギャグって誰かがこけたり汚いことになったり痛がっていたり誰かの失敗を笑う傾向がある。笑うべきなのか?と思えることも素直に笑うのはいいんだけど自己主張が強すぎるアメリカのようにはなるべきではないと思う。

僕はけっこう嫌われることはしていると思う。例えば遊びに誘われても忙しいからしょっちゅう断ったり、ゲームで遊ぼうって言われても面白くないから断ったり一緒にランチ行こうって言われても好きじゃないレストランにみんなが行くっていうから行かなかったり、一緒に勉強しようと不真面目な友達に言われても僕が学べることより教えることが多くなってめんどくさくなるから断ったりといろいろ断っている 笑
つまらないし魅力を感じない。何事にも学ぶことがあり魅力があるものだとは思うけどそれもバランスが重要だと思う。バランスというのは時間と見返りとそのときの気分だ。でも魅力を感じたことにはしっかり時間を取るし、多無理してでも僕の予定をがらっと変更して友達との予定を優先することもある。

それにアメリカだとなかなか嫌われない。日本でこんなに断ると嫌われそうだけどアメリカ人も断ることが多くて、そんなもんだと思っている人がたぶん多い。会話がめんどくさいクラスメイトがいてフレンドリーにしないように話をしないようにずっとしてても相手も僕から話かけないようにしているのに相手は嫌ってないし、むしろ相手から時々話しかけてくる。もちろん話しかけられたら無視はしないしきちんと答える。なんかアメリカって自分の気持ちが優先されていて好きなことに集中できる社会なんだと思う。

それに嫌われることも楽しんでしまえば僕はいいと思う。相手の人生に嫌われることを言われたという記憶が残ったとしてもある意味人生のスパイスを与えたようなものだ。相手にとっても良い人生になるような経験になると僕は思っている。

いろいろ考えてきたけど好きなことって結局自分を見つめないとわからないし経験も必要になるから今すぐに好きなことができた!ということにはならない。それでも大学生になるまで生きてきたなら好きなことや得意なことを見つけるぐらいに経験は振り返るとしていると思うので自分を見つめなおしてみるのがいいと思う。

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