飽きることの重要性

物が溢れていていろんなエンターテイメントがある現代に飽きるということがなかなかできないまま新しいことをどんどんする人は多いのではないかと僕は最近思う。

ゲームもどんどん買ってあれでも遊びたいこれも遊びたいとプレイして、テレビも新しい番組を見て飽きる前に次の新しい番組を見る。テレビだけじゃなくネットフリックス、アマゾンプライム、ケーブルテレビや他にもたくさんのメディアがある。マンガもチェック、コミケに行かないと!などあれもこれもと見ていると飽きることもなく忙しいけど楽しめる世の中ではある。

そんな世の中だけど飽きることってともて重要だと思う。なぜなら飽きるということはそれが本当の楽しさじゃなかったとも言えるからだ。どんなものも熱中した後は飽きがくるという人は多いとおもうけど、それは本当の楽しさではないのではないかと思う。

例えば、趣味でプラモデルを作っている人がいるけど、その人は作ることを全く飽きる様子は無い。作った後に色を塗ってどんな色がいいかなどを研究していて好奇心というのがものすごい。ゲームでも同じように同じゲームをずっとやっている人がいるけど飽きることがないという人がいる。何が楽しいのかというと、本人がどうすればゲームを効率良くできるかや、縛りプレイをしてみたりと研究して本人の好奇心を満たすことをとことんしているのだ。楽しいことをすればまた新しい発見が生まれて楽しいことの終わりがない。それは飽きをしっていて飽きることに楽しみがなくて本当の楽しさは何度も何度も同じことをしても楽しいことがある、自分の中でしっかりある楽しさなのだと思う。飽きることを知らなければ本当に飽きないことの楽しさに気づけないんじゃないかと思うのだ。

人から与えられたものや人が作ったものを買うことだけを楽しむのは少しバカらしくなってくると思う。人から与えられるものをみてその完成度を評価できるほどの知識があればそこに好奇心も生まれるので楽しめると思うんだけど。

自分自身の楽しさで満たされていれば僕はとても幸せなことだと思う。現代社会に幸福度が低いのも飽きることについて考えることがないほどいろんなサービスが現れて自分自身について考える余裕がないんじゃないかなと思うのだ。

与えられるだけの楽しさは薄っぺらいと思うし刺激に慣れてしまうんじゃなかと思う。ホラー映画がたくさん量産されているけど恐怖に慣れてしまっているのでどんどん怖い気持ち悪いものが作られる。露出の高い服も同じように刺激ばかりもとめるようになっていると感じる。でもそういう人に限って内容をあんまり覚えていないと思うしただ見ているように感じる。しっかり見て何かを学んだり深く感じるということはかなり薄いと思う。

飽きるというのは慢性化、マンネリかした話であって長く付き合っているカップルが飽きてしまうというような話と同じだと思う。カップルが飽きずに長く付き合い続けるには与えられたものだけを楽しむという薄っぺらい楽しみから脱却しないといけない。飽きがくるということはその楽しみは本当の楽しみじゃなかったと考えて、お互いの付き合いを続けていくにはどうすればいいのかを考えないといけない。

でもこのようなことは飽きることについてきちんと考えていればそんな薄っぺらい楽しみに振り回されたりしないと思うのだけど、考える時間がないほど表面的に面白いものがたくさん出てくるから無理もない。

飽きないまま次から次へと楽しんでいたり、飽きても飽きた原因を考えないままでいる長く続かない人になるんじゃないかと僕は思っている。それでは新しいスキルを身につけることもできないし手に職なんていうのは難しい。

ネットのコメントを見ても「すげぇ」とか「神!」とか「天才か!」とか「感動した!」とか受身で薄っぺらいコメントが多いと感じる。考えていない人が多いんだろうなぁと思うのだ。

僕は苦手なことに学生同士で繋がって遊んで同じ食べものを食べに行ったり、友達が新しいゲームを買ったから自分も買って遊ぶとかとにかく同じことをする人が苦手だ。僕はなんで同じ物を買って同じ物を食べて同じことをして遊ばないといけないのかさっぱりわからない。僕も仲のいい友達と一緒に食事には行くけど同じものは食べたいと思っていないし同じことをして遊ぶわけでなく、ただ趣味が同じということで話していて飽きない友達というものなのだ。相手が何か買ったから僕も欲しいとか特にないし、そんな人とはあまり友達にもならない。なぜなら一時の楽しさでみんなと同じことをして楽しむというのはいいんだけど、それは僕の人生を豊かにするかというとしないと思うからだ。一時の楽しさは終わると次にまた同じような楽しさを求める。同じようにお金を消費して同じように時間を使う。とても空虚なことだと思う。受身な楽しさより積極的で能動的な楽しさのほうがものすごく楽しいと思う。それは飽きを知らないといけないんじゃないかと思う。

学生同士でいっつもつながりたい人はSNSをやっても周りが何を考えているかお金持ち自慢や悪口なんかを気にする人が多いんじゃないかと思う。簡単に言うとバカだと思う。自分で情報をコントロールしようとしてなかったり、人の言ったことにすぐ影響されたり。

ぼんやり映画をみたりぼんやりテレビをみたり他の人に影響されまくったりする人はやりたいことがないんじゃないかと思う。面白いことに人は楽しければイライラが少なくなり心も穏やかになると思うことがある。人から与えられた楽しさだけでは与えられないとイライラしたり不満を感じるんじゃないかと思う。その結果、楽しさを求めるためにSNS中毒といった他の所からもたらされる快楽を追い求めてしまうんじゃないかと思う。そんなことより薄っぺらい楽しさからくる快楽ではなく興味が尽きることがない自分の中から来る楽しさを持てるようになることのほうが重要なんじゃないかと思う。

本当に周りにイライラしている人って多いと思う。日本だけじゃなくてアメリカでも。世界中で与えられた楽しさばかり求めている人が多いんだと思う。ただ僕の周りにはアーティストの卵たちが多くて、その中には自分の中の楽しみを持っている人もいる。

与えられた楽しみでなく自分の中の楽しみを見つけるというのはアーティストみたいなものかもしれない。

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