アメリカにある出会い系アプリ、サイトを利用している人が多いことから思うこと 僕は効率より非効率のほうがいい

出会い系サイトやアプリを使っているアメリカ人は非常に多い。お互いに気に入っている人が見つかりやすいことで効率がいいことが一番の理由だと思う。
この考え方は良いのだけど効率重視ばかりのアメリカで少し不安や疑問を感じるのだ。

まずやりすぎた効率重視で問題が起きた例がある。

Uberは効率重視で出来たサービスだけど法律の整備も追いついていなくていまだにドライバーの問題を抱えている。利用者が呼んだUberだと思っていたら全く違う人の車でドライバーに殺されてしまった話、Uberドライバーから付きまとわれた話Uberを利用するのにドライバーが自分が呼んだ人かどうか確認しないと危ないし利用者には危険がつきものかもしれないと思うと安全なサービスかどうか疑問だ。効率重視は今までの既成概念を変えて壊すけど本当にそれで幸せになれるのかというと違うと思う。言ってしまえば無責任なところがサービスにはあるわけだ。効率よくやればいいからと利用者とドライバーの責任、管理能力に任されている。人によって能力は違うから事件に巻き込まれることはあるかもしれない。出会い系で言えば好きな人と出会えればいいけど危険な人とも会う可能性は増すわけだ。しかも顔を出してみんな探すわけだからそこに不安を感じないアメリカ人たちが不思議でならない。フェイスブックも同じことが言えるけど、顔を出したせいでフェイスブックで脅迫される人、犯罪に使われる人などいると聞く。フェイスブックから情報の漏洩があって顔だけでなく様々なことが漏れてもし犯罪に使われたら誘拐、殺人というの起こりそうなのがアメリカだ。電話番号だけでなく住所がわかれば電話一本で嘘でも言って警察を突入させることも可能なのだアメリカ。電話番号から永遠と営業電話がきたりいろんな意味で狙われやすくなる。そんなの分かっているのにいろんあ情報を公開する出会い系をやる人がいるのは考えていないからなんじゃないかなと思ってしまう。情報に価値を持ってない人が多すぎるんじゃないかと思う。

教わったことでわかったつもりになっていてもやってみて初めてわかることは多い。不思議なのがアメリカは自由を求めて既成概念にとらわれない他国より効率重視な社会だとは思うけど(カリフォルニアだけかもしれないけど)自由な発想をしようと思えば効率重視にしないほうが新しい物事を見る機会は増えるんじゃないかと思う。ルーチン化したプロセスで効率よくやるのは時間や労力を節約できるけど効率化されたものは退屈になるだろうし面白い社会でならなくなるんじゃないかと思う。出会い系サイトを効率よく使う人達が多いのを見て本当に面白い出会いって出会い系にはないんじゃないかなと思うのだ。なぜなら効率ばかり求める人が集まっている可能性が高いからだ。
同じことは勉強でも効率よくやることで失敗を少なくできるのかもしれないけど失敗しないと分からないことはたくさんある、新しい視点を取り入れようと思えば効率よくやるだけでは新しいことは見つかりづらいと思う。出会い系のサイトなどで出会うことで想像性に欠けてしまうんじゃないかとも思えてくる。なんで出会い系サイトの公開、発言されていることを信じているのかも謎でダメだったら次ぎ行けばいいやと軽い気持ちなのかもしれないけど、それこそ効率悪いんじゃないかと思う。ダメだったら次行けばいいやというのは良い部分もあるけどそれは考えて考えて考えた上でダメだったら次いけばいいやということだと思うし、出会い系のようなちょっと目先にことを考えてダメだったら次いけばいいやというのは考えられない人になるんじゃないかと思う。

そんな変な効率よりアメリカのインフラを整備してもらわないと効率の良い生活はできないと思うけど。

効率には感情が欠けていると思うんだけど人と人の出会いを提供する出会い系は感情に欠けていいのかという話だ。効率的だとぶつかり合いや摩擦がないからいろんなことがスムーズだと思うけどスムーズにするべきじゃないことはあると思う。スムーズだと当たり障りのない情報、アイデアを得やすいかもしれないし面白い情報、価値ある情報には出会えづらくなるんじゃないかと思う。例えば情報をキュレーションされたものを効率よく見ようとするけどそのまとめられた情報さえ本当は足りないことが多いということが多い。結局自分で考えたほうが時間はかかるけど面白い発見があったり不足した情報がみつかったりする。情報がありふれているから有名人や信頼おける人の情報を信じたほうが効率がいいという考えもわかる。しかしそれこそ効率が悪くなるのではないかと思うのだ。日本人の場合はツイッターを使っている人が多いけどあれほど効率の悪いものはないんじゃないかと思う。効率の悪さは想像力を鍛えるけど過去の情報を見たいだけでどれだツイッターで過去に戻らないといけないのかめんどくさすぎる。拡散したい人が多いのも不思議でそんなに拡散したいことがある時代なの?って思ってしまう。有名になりたい人が多すぎるのも同じく。ツイッターを使うことに効率を考えたことで使っている人は多いと思うけど出会い系と同じで効率ばかりに考えているとアメリカ人みたいな考えていないような人になるかもしれない。そもそもネットに公開されている情報だけで満足してしまうような人が多いんだなぁと思うと考えたり気にしたり興味をもったりしない人が多いのかなと思う。

忙しい世の中だから効率よくニュースを見ようとするのはわかる、でも効率よく見て結局頭に残ったのは何だったのか?何も残らないなら時間の無駄だったんじゃないかと思う。出会い系で効率よく出会って過去の出会いなんて忘れてしまうことはあるかもしれない。でも結局忘れてしまうと経験も無駄になっちゃうんじゃないかと思う。いちいち全部は覚えていけないけどなんどもやっても同じところで間違う、覚えていない成長しない人がいるように過去から学ばないとそこで成長というか考えが止まるのだ。そう考えると世の中は同じことで間違う人が多くて同じことを繰り返している人が多いのかもしれない、それは効率化されたルーチンに従う人が多いことと考えがかぶる。

効率化の先に殺人はあるんじゃないかと思う。なぜなら効率は感情に欠けている感情に欠けた人生を送る人は人の気持ちを考えられなくなるだろう。なぜお金持ちの家庭の子が親を殺すことが多いのか?親と子が関わることが少なくお金ですべて解決できた人生を送ると感情に鈍くなるのだと思う。効率よく仕事を知ることは機械のようななることでもある。人よりロボットのほうが同じことを繰り返すのであれば効率がいいわけでお金を稼ぐだろう。だけど人はロボットではないのでうつにもなるし生きる意味を見失うことで死ぬこともある。効率重視は問題がたくさん含まれている。出会い系は効率だけで選別されることを考えると選ばれない人は冷たい効率に悲しい思いをするだろうし傷つくんじゃないかと思う。そんなの魅力がないんだから仕方ないと思うかもしれない、でも魅力の基準が効率重視の視点なため違う魅力を見えていないと思う。話し方、笑い方、話す内容、雰囲気、不細工さ、マヌケさ、バカさ。効率の先はジョークもいえないつまらない世の中なのだろう。アメリカがつまらない社会になりつつあるんじゃないかと思う。僕の勝手な考えだけど効率的に出会いを求めようとする人たちは話がつまらないんじゃないかと思う。それは頭がいい人同士の出会い系の集まりだったとしても異色が少ないわけだからつまらないと思う。

効率、効率とみんなが考えてまるで効率バブルだ。
バブルはいつかなくなるから今の効率重視の問題に気づいて非効率を取り入れた社会になる可能性もあるけど効率により破壊された色々なものはなかなか戻ってこないだろう。
例で言えば英語教育が進んだフィリピンでは現地語のタガログ語をしゃべられない人が出ているらしく文化がなくなりつつあることを意味している。効率重視の考えに囲まれると大切なことを失う可能性があるのだ。出会い系は本当の愛があるのだろうか?アメリカは離婚も多いので本当の愛と言っていても実は愛は欠けていて愛のある家庭を演じようとしていた人が多いんじゃないかと思う。

世の中効率重視で速度も加速していくけどゆっくりにならないと面白くひねくれたことは考えられないんじゃないかと思う。

はたして僕は学校を卒業して効率重視すぎる社会で生きて行けるのだろうか、効率に偏ったつまらない社会でやっていけるのか心配になってくる 笑
これはゲーム言えば勝つことだけ考えた効率重視のセッティングと面白さ重視の夢あるセッティングかどうか。効率重視でない場合はなかなか勝てないだろうしかしFPSで装備もないのでナイフだけで勝とうと試行錯誤した結果みつかる新しい勝ち方、新しい達成感。誰もやりそうにない遊び方のほうが楽しいんじゃないかと思う。リーグオブレジェンドでもみんなが使うようなキャラより弱いキャラだけどロマンがあるものを使えたほうがすごかったり人気になったり注目を浴びたりもする。非効率のほうが価値が高いのだ。不器用な戦い方かもしれないけど本当の意味で強くなり成長するには不器用で非効率なところに答えはあると思う。ある意味ギャンブルにも近い勝てばすごいでも負けやすいドリームキャラ。でもそれをただのギャンブルにしない洞察力と行動力と経験が弱いキャラを勝利に導き相手の弱点さえ露呈させ非効率を価値のあるものにすると思う。そして非効率な遊びは普通ではしないことだらけだからゲームのバグが見つかったりと意外な点が見えてくるんじゃないかと思う。

ちなみに非効率な出会いとは何なのかというと、友達に紹介をしてもらうや自分で時間がかかるけど探し気持ちや人重視ということ。日本でもスペックを気にする人は多いと思うけど、ハイスペックでまとめられたお見合いとかむなしいつまらない人が多いのかなと思う。低スペックな相手だとしてもその魅力を見抜けないぐらいの本人の能力が低いということだ。生き方自体が薄っぺらいのかつまらないのか型にはまりすぎた考えをしているのか。ゲームと一緒。弱いキャラの魅力に気づけないなんてゲーム愛が足りないしゲームで強くなろうとする姿勢が弱い。弱いキャラの強さに気づけず強いキャラの弱点をつかれ負けるのだ。

企業は効率よく働ける人を求めると思うが本当に強さとはドMのような非効率の中にあるんじゃないかと思う。もちろん効率は否定しないけどバブルのような効率信仰する人達が多いのは問題なんじゃないかと思うしそれが芸術や音楽を遠ざけているとも思う。忘れちゃいけないのは効率的にみんながしようとするから効率的に集められた情報も平凡かして薄っぺらい情報で当たり障りのない話しか見えないようになる可能性があるということだ。それは効率的に成長しようとした結果、成長の限界を感じてしまうんじゃないかなと思う。効率はロボットやテクノロジーに任せて人は非効率なほうがいいんじゃないかな。非効率をうまく取りいれる社会がバブルのあとに来るといいな。

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