現代は中世のような考えない人が多い世の中みたいだ

中世のペストの流行る前は宗教を妄信している人がたくさんいる世界だ。ペストの後に宗教への不満が広がってもなかなか不満をぶちまけられないほど宗教の力は強かった。考えないようにしている人もたくさんいたはずである、なぜなら考えれば考えるほど問題が見つかり考え込んで生まれたのがマーティン・ルターのルーテル主義とプロテスタントというカトリックと対立するものだ。お金ばっかり巻き上げて、宗教上の大切な精神面、哲学が欠けていることに怒りを覚えてルターはカトリック教皇と戦うという話である。

これって現代でも同じことが少なからずある。受験勉強して受験勉強のこと以外を考えると受験勉強ができなくなるから考えないようにしたり、仕事をしている人も考えたりしだすと仕事ができなくなる、嫌になるんじゃないかと思っている人もいるみたいで考えないようしていたり、話を大きくすると社会に不満があっても考えたら不満がたまって嫌になるし生きていけなくなるかもしれないから考えないようにしていたりする人っているんじゃないかなって思う。

きちんと深く意味ある勉強をしようとすると受験勉強とかできなくなると思うし今の労働環境では働けないということになると思うからだ。

まるで中世の人が不満があるのに考えないようにして、何も考えないからお金だけ巻き上げられるのと何か似ている。
現代はたくさん情報があるのに受験勉強、日本の労働環境によってゆっくり考えこむ、広く深く勉強する時間が取れないんじゃないかと思う。この状況は擬似的な中世なんじゃないかなって最近ちょっと思った。

目の前の面白いことだけを追ったり、目の前のお金を追ったり、考えることより人に言われたことを信じたほうが楽だから言われたようにすることを選ぶ人がいたり。中世みたい。日本人が中世に転生したら清潔感を除けば生きやすいのかなーどうかなーって思ったり。

もちろん中世は今より危険だろうけど考えないという点では似ているだろう。中世だけでなく紀元前でもカルタゴと古代ローマの戦いではカルタゴは考えが足りなかった、純粋だった部分もありローマのプロパガンダによって戦争で負けてしまった。現代はたくさんのフェイクニュースもあるので考えないと本当にすぐに騙されやすい世の中だと思う。カルタゴが取引していた相手も無知と言ってもいい人達、民族と簡単に言えばとびきり安く、実は価値ある物を仕入れてそれを他の貿易に使うということで発展してきた部分もある。結局、考えない人は歴史上、今でも搾取され続けているということである。

考えられない時代は民主主義というのは生まれないし発展しない。古代ローマでもローマの民主主義は生まれたけどそれはみんな考え出したからだ。そんな時代があっても宗教によって考えを抑えられだし封建制度も始まるとますます考えられない人たちになっていく。

主体性は民主主義に必要なものだけど考えることをあえて避ける必要がある日本は本当に民主主義に必要な主体性が育つかどうか疑問だなぁと思ったりもする。

いまだにテレビが言っていることを信じている人がいたり自分を持っていないのか自信がない人が多いんじゃないかなーって思う。雑誌が言うからテレビが言うからトレンドのファッションを取り入れたり食べ物をかったり。騙すのは簡単だと馬鹿にされているのもしれないのに信じ続けるのはまるで中世のときの信者みたい。

まぁ日本の今までの習慣や決まりごとを守らないようにするのは難しいことだと思う。受験勉強やめたり、新卒採用に見向きもしなかったり面接でスーツなんてきかったり、茶髪どころか赤とか青色の髪にしたり、それってもうアメリカみたいな話だけど考えをもてないって自由がない世界みたい。
上下ばかり気にして下から上への質問、意見も学校の先輩や仕事でも言えないとか自由がない。いつからこんな階級制度みたいなのが出来ちゃったのか謎である。でも恐らく平成以降に徐々に生まれてきたんじゃないかと思う。

昔の人の話を聞くと昭和は今より悪く言うと荒れているしよく言うと流動的な時代だと思うのと今ほどルールを守ってみんな同じ様なスーツでとかない時代だと思う。今より主体的な人は多いんじゃないかなって思うと今の人は主体的と思いながら主体的と思わされている奴隷のような状態なんじゃないかなって思う。奴隷というのはちょっと過激なことだけどローマ教皇もゾンビというし、転職がしづらいとか未だに労働環境は流動的でないと思うのでゾンビみたいなものかなって思っても変じゃない。

それでも日本は良い国だけど日本の考えさせないルールに従わないことができれば良い国だなって思う。みんなが受験勉強しても受験勉強せずにほかのことして簡単に違う差別化できることができるわけで、みんながスーツ着て就活しないといけないと就活ルールを勉強している中にそんなことの勉強時間をつかわず私服でも仕事が決まったりして、会社が不満だけどなかなかやめられない人達を横目に世界に目を広げれば会社に不満があるからやめて別の会社に簡単に決まったりする世界があったり、苦しい思いをしながらコツコツと頑張らないといってずっと給料も上がらないままの状態なのに苦しい思いはほどほどでやりたいことをして楽しくコツコツもしくは日本人から見るとテキトウに働きながらお金が良い人たちはたくさんいるのもいて世の中理不尽だなぁと思う。
苦しい思いはするのが当たり目と思っていたら搾取されるんじゃないかなって思う。ただ日本人の頑張る力はすごいと思うけど。
でも苦しいけど頑張れるのは今と昔では大きく違っていて経済状況も違えば将来性も違う。そのため現代は精神的に問題を抱えている人は多いんだと思う。

中世は寿命が20代から30代だったらしいから現代より考える時間がなくて搾取されていることに気づかない人がたくさんいる状態だったと思う。「井の中の蛙大海を知らず」というのが当たり前の世界だと思う。それは現代の日本も同じで現代の日本はさらにゆでガエルみたいな感じになっているんじゃないかと思う。中世はゆでガエルになる前に死んじゃうから、あるキッカケで搾取に気づいたらマーティン・ルターみたいに爆発しちゃう。でも日本は爆発さえしないしもう頭の中が色んなルールに縛られてなかなか逃れられなくてそれが当たり前と思っちゃっているゆでガエル。中世よりいいのか悪いのか悩むところだ。

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