アメリカでは変人が多いなぁーと思う

カリフォルニアでは横断歩道を歩いているもしくは歩こうとしている人がいると車は必ず止まらないといけない。これは日本より徹底しているように見えるんだけど歩行者が変なんだ。

車が横断歩道の前で待ってくれているのに、ノロノロと歩き続ける歩行者。
別に他の人のこと気にしないし歩行者の権利が優先なんだから車は止まっとけよと言わんばかりのノロさ。
たまに本当に急いでいる車もいて歩行者があまりにも遅いと歩行者が渡りきるまえに歩行者の前を通過してしまうこともある。近所で歩いていた女性がそうだったんだけど、車に対してぶちぎれていて、何様なの?っていう感じであーだこーだ一人で言ってた。
そんなこという前に横断歩道渡ればいいのにあーだこーだ言いながらさらにノロノロ渡るからアメリカ人って変な人多いんだなぁーって思った。

じゃ車の運転は安全なのかというと全く安全じゃない。日本ではドライバーも相手のことを考えてくれたりする。駐車するときも発進するときも待ってくれると思うけど、こっちでは駐車の仕方も適当な人がいて、綺麗に駐車しようとなんどか前後左右に車を動かしているともう駐車したと思ったのか勢いよく僕の前を通過していく車がいた。あぶない、一度大きく前に車を出してバックする予定だったから危なくぶつかるところだった。
しかもアメリカの人はバックで駐車しない人が多くて、バックで駐車しようとすると駐車しているかどうかわかってない人がいる。発進しようとしてるのかな?変な車がいるとか。なのでこれもぶつかりそうになった。
車線変更するときもウインカー出さない車が多すぎて危なすぎる。そもそもアメリカで走っている車って汚い車が多いからちょっと傷つこうが汚れようが動けばいいっていう人が多そう。だからウインカー出さなくてちょっとぶつかっても気にしないって人が多いんだと思う。僕もレンタカーだったけど車をちょっとすられたし。

自己中の温床なんだと思う。僕はアメリカではいいところは学んで悪いことは学ばないほうがいいと思っている。いいところはフレンドリー、自分の主張をしっかりいうや、楽しむことを重要視しているように見えるところ。学生でも遊びもするけど努力する学生も多いと思うこと。
悪いところは食べ物に対するリスペクトが少ない、自己中すぎる、綺麗に対するリスペクトが少ない人を見た目で軽く考える人が多いところ、若いのに体が臭い人が多いところ。

僕はアメリカが嫌いということではなく、どこの国にも良いところ悪いところがあるから悪いところは取り入れる必要はないし、はっきり汚い、それは食べない、それは僕に合わないっていうべきだと思うということ。アメリカに行けばアメリカになんでも合わせないといけないというのもわかるけど、無理に合わせる必要はないと思うし、実際に無理にアメリカに合わせる必要はないと思っているアメリカ人も多いと思う。
典型的なのがアメリカに行くからアメリカのアクセントをしないといけないとか。そんなの必要ないし、アメリカのアクセントが聞こええ会話できればそれでいいし、日本人なのにアメリカのアクセントで話せないといけないと考えるのはかっこ悪いと思う。日本語アクセントの英語になるのは日本人なんだから当たり前だし、それが日本人としてのアイデンティティだしそれが多様性だし。それにアメリカのアクセントだとなんが下品に聞こえる。だらしないというか。とくにアメリカ人が自己中で怠慢な人が多いからアメリカのアクセントも怠慢に聞こえてくるのかもしれない。
ちなみにアメリカアクセントで話そうと努力している学生は日本人以外でもたくさんいる。でもそれは僕はかっこ悪いと思う。違うアクセントがあるから面白くて多様性があってアイデンティティなわけだし。

話をもどして、まー色んな変人がいるのがアメリカでその原因が自己中でリスペクトしたほうがいいところをしないという感覚にあると思う。

そもそも子供のときから読まされてきた子供用の本も日本とアメリカでは違うため、感覚、深層心理が違うので日本人にとっては変わっていると思う人が多いんだと思う。
例えば日本では子供用の本「ごんぎつね」を知らない人は少ないと思うが、アメリカでは知らない人のほうが多い。
「ごんぎつね」では自分がばれない様にこそこそと食べ物を自分の罪滅ぼしとして持っていく。
この直接持っていかないでもわかって欲しい感覚と食べ物でお返ししようととする食べ物に対するリスペクトが日本人ならではだ。
でもアメリカの子供達は小さい頃に「The Sneetches」とかの本やテレビをみたりしている。

Star Bellied Sneetches

ごんぎつねのような「空気を読む」や「食べ物でお返しする」ようなところは出てこない。
星のあるスニーチィズと星のないスニーティズがいる。星のあるほうがエリートだ星のないものとは関わらないし遊ばない。そこで星をつけますよーというやつが現れてお金で解決していこうとする。そしてこの二種類のスニーティズは星をつけたりはずしたりする競争が加速していく。最後にこの争いは無意味だと気づきお互いが仲直りする。
この仲直りがあっけらかんと仲直りしてしまうところがアメリカらしいんじゃないかと思う。アメリカの競争社会とお金の重要さも現しているようにも見えるし、悪いと思えばそれを認めて変わるのも早い社会なんだと思う。オバマが言っていたようにYes, we can, つまりYes we can change.なんだと思う。そうはいうけど銃問題はなかなか変わらないけど。たぶん

アメリカと日本では深層心理でも大きく違うからアメリカ人に合わせるなんて普通じゃないと思う。もっというならアメリカと日本では道徳、正義というのが大きく違う。でもそれをあっけらかんと受け入れようという心の広い人も多いのがアメリカなんだと思うけど、ドナルドトランプになってからは外国人の受け入れは制限されだしているのを見ていると、アメリカ人の気持ちがかわりつつあるとちょっとあぶなくも思う。アメリカはあっけらかんといろんなことを決めちゃうから後で困ったり、問題がでちゃうんだと思うけど。

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