ジェンダーレス男子についておかしいと思ったこと

ジェンダーレス男子について調べていて、ジェンダー男子をモテるとかかっこいいとか否定的に言わないものが多い気がする。ジェンダー問題を扱う場合は否定するのが難しいのはわかるが僕は否定する。
この否定はジェンダーレスを否定するのではなくむしろジェンダーレスは賛成する部分が多いが一部おかしいんじゃないか?と思うこともあるのだ。

1:ネットで見るジェンダーレス男子が美容やファッションに拘ることへの違和感

ジェンダーレスとは男性と女性の壁を越えてお互いのことを理解できる気持ちや感覚を持っているものだと僕は思っている。僕もそこには支持したい部分であるが、なんでファッショにゃ美容に拘るのがジェンダーレス男子の特徴だと言われるのかわからないのだ。ファッション業界にただ洗脳されているだけなんじゃないかと思う。女性が化粧をすることは昔からあるけど女性の化粧は同姓に向けてのものもあるが異性に向けているものは多いと思う。なんで異性のために必死に化粧をするのか?世界でよくある女性の解放には化粧からの解放だってあるはずなのだ。
正しい間違っているフェミニズムというのはあるだろう。気持ちが女性っぽいから化粧するのが当たり前というのではなく好きで趣味で健康やコンプレックスの克服のために化粧をするのはいいとは思う。「女性だから」というのはおかしいんじゃないかと僕は思う。

2:ジェンダーレス男子はなぜ華奢で色白でナヨナヨなのが多いといわれるのか?への違和感

まず国が変われば色白の華奢の女性が良いと思われないことがあるようにどこの価値観の基準で言っているのか?ということである。本当にジェンダーレスであれば世界をみたジェンダーレスを意識するべきなんじゃないかと思う。
華奢では体の健康にも影響するし心が病んで痩せている女性みたいになりたいのだろうか?
もっと健康的になるほうがいいのではないかと思う。
色白も国が変われば気持ち悪いと思われるように色白だから女の子っぽいとは全く思えず勘違いじゃないかとさえ思う。世界には様々な人や人種がいてその人種に似合ったものというのはやっぱり存在する。日本人に合うものはなんなのか?という視点で考えたほうが美的センスも洗礼さるし、個性を求める世界の中で魅力ある人に男女関係なくなるんじゃないかと思う。
また、ナヨナヨしているというのも不思議で、アメリカの女性を見るとナヨナヨしているかというとしていない。むしろ男性みたいに強いし男性が嫌うこともあるほど強い人はいると思う 笑
ジェンダーレス男子が女性っぽいというのであれば、アメリカの女性も含めるとナヨナヨがジェンダーレスということは勘違い誤解なんじゃないかとも思えてくる。
まるで今ままでの女性らしいを排除しようとしてきた女性に代わってジェンダーレス男子が古い女性の価値観を持っているとすればすべてをジェンダーフリーとは言えないのではないかと思う。これは本人の知識によると思うので古い女性っぽいのが好きでそういう価値観を認めたいならいいとは思うけど、ネットで見る情報は偏っているように思う。

3:ジェンダーレス男子は女性の側面が強い男性というのも違和感

ジェンダーレスであれば女性の側面だけでなく男性の側面もあってもいいと思う。男の子の遊びも好きで女の子のようなことも好き。それがジェンダーレスなのではないか?心が女性で見た目が男性ならそれはジェンダーレスではないと思うのは間違いだろうか?
男らしさに縛られることからの解放でもなく両方の良いところは取り入れるということである。明確に考えがあり強く
僕は一般的なジェンダーレスだけでなく様々なもの壁を越えつつも伝統を尊重する考えが大切だと思っている。ただ壁を越えるだけでは社会は理解できないものが溢れて分断されるだろう。良いものは良いと認め取り入れる柔軟さがあれば相手をただ否定することなく良さも悪さも認めた上で判断できる平和な社会になるんじゃないかと思う。だからといって男らしさ女らしさがなくなるものではないと思うのは、まるで男らしさ女らしさが無いように見えても、男らしさ女らしさを理解しているのなら女らしさや男らしさという感覚が人類から失うものではないと思うからだ。ただ良い所を取り入れるだけ。そもそも女らしさ男らしさは国によって違う。面白いと思うのは無宗教の多い日本は良い場所で宗教観も越えたジェンダーレスに似たことが生まれる可能性もあるし、すでに日本人男性は見た目が他国と比べて女性っぽいのでジェンダーレスを受け入れやすい土台はあると思う。平和はお互いの理解がなければ平和にならない。僕が言っているジェンダーレスは異性愛者だけじゃなくて同姓愛者にもなってみようという話ではなく心が男性と女性の美的感覚を持ち合わせているということだ。もちろん究極のジェンダーレスは同姓愛だろうが異性愛だろうが受け入れることではなるけど、僕は無理にそこまではならなくていいのでは、と思う。みんながそうなっちゃうと今のいろんな制度が崩壊して大変なんじゃないかと思うので一部の人ならいいんじゃないかなって思う。

4:ジェンダーレス男子という言葉が気持ち悪い

このような言葉が生まれるのはそれだけジェンダーをしっかり分けてきた時代があるのだと思う。これは僕も分かるのだけどアートをやっている人とやっていない人では美的感覚も違い、やっていると美的感覚が広くならないといけなくて女性みたいに思われる部分がある。でもそんな女性男性なんて分ける意味がないと僕は思うし心は広いほうがいいと思うし、それが人生を豊かにするんじゃないかと思うからだ。自分らしさ、自分の必要な美的センスにジェンダーを超えたものが必要なら普通に取り込めばいい話なのにまるでそれが普通じゃないかのように聞えてくる。男女の気持ちが強く混合されていても歴史が作ってきた男らしさも女らしさのそれぞれが持つ美しさと価値を認めない、理解しようとしないことには罪なようなことかもしれないので、それらの美的センスを忘れないことも必要なんじゃないかと思う。
ジェンダーレスなんていう言葉自体がジェンダーレスでないように感じて気持ち悪く感じるのだ。

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